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忌服 きぶく

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

忌服
きぶく

親族などの死亡にあたって,近親者が一定の期間に服すること。忌は死の穢れを忌んで慎み籠ること,服は喪服の意。忌服の期間は,血縁の親疎に応じて軽重の差があり,地域によっても異なるが,日本では2種類に大別される。

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デジタル大辞泉の解説

き‐ぶく【忌服】

近親者が死亡したとき、一定期間喪に服すること。服忌(ぶっき)。

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百科事典マイペディアの解説

忌服【きぶく】

近親者が死亡した際,血縁の親疎によって一定期間喪に服すること。大宝令で初めて制度化され(ただし服だけ),幾度もの改変を経て1874年父母の死の際は忌50日,服13月等と定められた。
→関連項目葬制

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葬儀辞典の解説

忌服

近親者が亡くなったとき、一定期間喪に服すこと。■官公庁服務規程による忌服の期間●配偶者/10日間●父母/7日間●子供/5日間●祖父母/3日間●兄弟・姉妹/3日間●孫/1日間●伯叔父母/1日間●配偶者の父母/3日間●配偶者の祖父母/1日間●配偶者の兄弟・姉妹/1日間

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世界大百科事典 第2版の解説

きぶく【忌服】

服忌ともいい,死が発生してのち一定期間,喪服(凶服)を着て家に忌みこもること。〈忌〉は死のけがれにより家に謹慎することであり,〈服〉とはもと素服(そぶく)を着ることである。律令制のもとでは,父母の喪にあえば1年間は中央の官人も解官し休暇が与えられた。ただ高官の場合は除服出仕といい,喪中であっても出仕のことがあった。江戸時代になると,父母・養父母・夫の場合は〈忌50日,服13ヵ月〉のように定められた。

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大辞林 第三版の解説

きぶく【忌服】

近親が死んだとき、一定の期間、喪に服すること。服忌。服喪。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

忌服
きぶく

親族の者が死亡したとき、一定の期間忌(い)み慎みの生活をすること。忌(き)は穢(けがれ)を忌(い)むこと。服は喪服(そうふく)の意。服忌(ぶっき)ともいい、古くは服紀とも記した。古典では、父母の喪(も)を「重服(じゅうぶく)」、その他の喪を「軽服(きょうぶく)」といった。『日本書紀』天武(てんむ)天皇7年(678)10月の条には、すでに重服の記事がみえる。『養老律令(ようろうりつりょう)』「喪葬令」によると、服の期間について、天皇、父母、夫、本主は1年(12か月)、祖父母、養父母は5か月、曽祖父母(そうそふぼ)、外祖父母、伯叔父姑(はくしゅくふこ)、妻、兄弟姉妹、夫の父母、嫡子(ちゃくし)は3か月、さらに血縁が遠くなるにしたがって、1か月、7日と短期間となっている。これがその後ずっと適用されたが、江戸時代になると、幕府は林信篤(のぶあつ)(鳳岡(ほうこう))に命じて服忌令をつくらせ、1684年(貞享1)2月にそれが定められた。のち1693年(元禄6)12月21日改正、さらに1736年(元文1)9月15日に追加された。忌中の慣例は、門戸を閉じ、魚肉を食せず、酒を飲まず、髭髪(しはつ)を剃(そ)らず、賀せず、弔せず、音楽をなさず、嫁娶(かしゅ)せず、兄弟財を分かたずをもって法とした。これがいわゆる武家制で、一方、京都の公家(くげ)衆には京家制があった。
 のち明治政府は1874年(明治7)に、京家制を廃して武家制を用いることとした。これが今日も行われている忌服の制である。これによると、忌と服との期間を定め、父母は忌50日、服13月、夫は忌30日、服13月、祖父母、養父母、夫の父母は忌30日、服150日、妻は忌20日、服90日、嫡男の子、兄弟姉妹、伯叔父母は忌20日、服90日、その他となっている。また、神社関係では、古くは吉田家服忌令、白川家服忌令、賀茂社(かもしゃ)服忌令などがあったが、1874年10月17日、服忌は当分武家の制を用いることとした。第二次世界大戦後は1948年(昭和23)12月18日、神社本庁より「神職服忌心得」の通達が出され、翌年1月1日から施行された。これによると、忌の期間は、父母、夫、妻、子は10日、祖父母、孫、兄弟姉妹は5日など、非常に短期間となり、服はその人の心得に任すとされている。なお、伊勢(いせ)の神宮では、武家制が今日も用いられている。[沼部春友]

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