コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

養老律令 ようろうりつりょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

養老律令
ようろうりつりょう

古代法典の一つ。藤原不比等らが養老2 (718) 年『大宝律令』を修正,撰定したもの。律は 10巻 12編,は 10巻 30編から成る。同年に成立したとする説と,編修事業に着手したとする説とがある。天平宝字1 (757) 年藤原仲麻呂によって施行された。律は一部が遺存し,他は散逸した。石原正明の『律逸』,国史大系本などにその逸文集録。令それ自体は遺存しないが,『令義解』『令集解』,稲葉通邦の『逸令』などによってほぼ全文を知ることができる。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

ようろうりつりょう〔ヤウラウリツリヤウ〕【養老律令】

養老2年(718)藤原不比等(ふじわらのふひと)らが大宝律令を一部改修して編纂(へんさん)した律・令各10巻の法典。天平宝字元年(757)施行。律の大部分は散逸したが、令は大半が「令義解(りょうのぎげ)」などに収録されて残っている。→律令

出典|小学館デジタル大辞泉について | 情報 凡例

百科事典マイペディアの解説

養老律令【ようろうりつりょう】

日本古代の法典。藤原不比等(ふひと)が学者・渡来人と大宝律令の条文字句の修正を開始,718年(養老2年)完成と当時の公式史料は伝えるが疑問があり,編纂(へんさん)事業はその後も継続,720年の不比等の死後まもなく中絶,757年に藤原仲麻呂が公布・施行。
→関連項目延喜格式延喜式大炊寮大舎人寮内蔵寮元正天皇玄蕃寮弘仁格式散位寮主計寮主税寮貞観格式諸陵寮大学寮大膳職中宮職典薬寮主殿寮縫殿寮兵庫寮

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ようろうりつりょう【養老律令】

日本古代の法典。令10巻,律10巻よりなる。令は,令そのものとしては残っていないが,9世紀に成った養老令の注釈書《令義解(りようのぎげ)》《令集解(りようのしゆうげ)》などにより,ほぼ全文を知ることができる。しかし律は,一部が残されているにすぎない。701年(大宝1)制定・施行の大宝律令についで編纂されたもので,藤原不比等(ふひと)が主導し,矢集蟲麻呂(やずめのむしまろ),陽胡真身(やこのまみ),大倭小東人(やまとのこあずまひと),塩屋古麻呂(しおやのこまろ)(吉麻呂とも),百済人成(くだらのひとなり)が編纂に従事した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

ようろうりつりょう【養老律令】

718年(養老2)、藤原不比等らが、大宝律令を若干修正して編纂へんさんした律・令各一〇巻。757年より施行。律の大半は散逸。令は大部分が現存の「令義解りようのぎげ」の本文に残る。

出典|三省堂大辞林 第三版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

養老律令
ようろうりつりょう

日本古代の基本法典。律は名例(みょうれい)、衛禁(えごん)、職制(しきせい)、戸婚、厩庫(きゅうこ)、擅興(せんこう)、賊盗、闘訟、詐偽、雑、捕亡、断獄の12篇(へん)。令は官位、職員、後宮職員、東宮職員、家令職員、神祇(じんぎ)、僧尼、戸、田、賦役、学、選叙、継嗣(けいし)、考課、禄(ろく)、宮衛(くえい)、軍防、儀制、衣服、営繕、公式(くしき)、倉庫、厩牧(きゅうもく)、医疾、仮寧(けにょう)、喪葬、関市、捕亡、獄、雑の30篇。律令とも各10巻。718年(養老2)右大臣藤原不比等(ふひと)の主宰のもとで、陽胡真身(やこのまみ)、大和長岡(やまとのながおか)、矢集虫麻呂(やずめのむしまろ)・塩屋古麻呂(しおやのこまろ)、百済人成(くだらのひとなり)が大宝(たいほう)律令を改正し律令を撰定(せんてい)したという。ただその論功を722年に行い、また完成を養老年中(717~724)とする伝えもあって、撰修(せんしゅう)終了はさだかでない。しかも不比等の孫の仲麻呂(なかまろ)が政権をとっていた757年(天平宝字1)ようやく実施となった。両律令を比較すると、基本的には条文上の不備、矛盾を修正するにとどまり、内容上変更があった場合でも、公布前適宜、単行法令として施行することがあった。編修自体、不比等が藤原氏所出の首(おびと)皇子(聖武(しょうむ)天皇)の統治を裏づける新律令の制定をもくろみ、施行には不比等の功を顕彰し、仲麻呂の権勢を強める意図が込められたとみられる。その後、大規模な律令編修はなく、律令国家の崩壊とあわせて効力を失ったが、公家(くげ)社会では引き続いて形式的に重んじられ、官制などは明治初年まで存続した。『律疏(りつそ)』『令義解(りょうのぎげ)』『令集解(りょうのしゅうげ)』や逸文によって、ほぼその全容を知ることができる。[八木 充]
『井上光貞他校注『律令』(『日本思想大系3』1976・岩波書店)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内の養老律令の言及

【古代法】より

…体系的といいうる律令法典は,701年(大宝1)に制定・施行された大宝律令である。その後718年(養老2)ころ,大宝律令を修訂した養老律令が編纂され,757年(天平宝字1)に施行された。大宝律令が施行されたのはこのように短期間であったが,養老律令による修訂は字句の修正などの小幅な改訂にとどまるものであったから,日本の律令法は大宝律令の制定・施行をもって本格的にスタートしたといってよい。…

【道教】より

四神獣の構造)を下敷きにし,天武をはじめとして皇族の陵墓の多くが,朱鳥もしくは朱雀の象徴する南方,火の方角,道教の神学でいわゆる死者のよみがえりの宮,すなわち〈朱宮〉(〈朱火宮〉)の方向に築かれているのも,このことと密接に関連するであろう。
[陰陽道と道教]
 7世紀後半の天武・持統の治世,ないし8世紀初めの元明・元正の時代に道教の思想信仰への関心の高まりが見られること上述のごとくであるが,《古事記》成立の6年後,《日本書紀》成立の2年前,元正天皇の養老2年(718)ころに成立した現存最古の律令の養老律令では,道教と関連する記述がほとんど表面に見えていない。これはなぜであろうか。…

※「養老律令」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

養老律令の関連キーワード矢集虫麻呂漢部松長律疏残篇山田白金律令国家大和長岡删定律令大倭長岡三代格式刪定律令神祇官僧尼令山田銀現存勘籍

今日のキーワード

俳句甲子園

1998年から松山市で開かれる全国高等学校俳句選手権大会。高校生が5人1組で句の優劣をディベートで競い合う。チームでの勝敗とは別に、個人の最優秀句も選ぶ。今年は過去最多の41都道府県から121校、15...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

養老律令の関連情報