コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

養老律令 ようろうりつりょう

6件 の用語解説(養老律令の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

養老律令
ようろうりつりょう

古代法典の一つ。藤原不比等らが養老2 (718) 年『大宝律令』を修正,撰定したもの。律は 10巻 12編,令は 10巻 30編から成る。同年に成立したとする説と,編修事業に着手したとする説とがある。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ようろうりつりょう〔ヤウラウリツリヤウ〕【養老律令】

養老2年(718)藤原不比等(ふじわらのふひと)らが大宝律令を一部改修して編纂(へんさん)した律・令各10巻の法典。天平宝字元年(757)施行。律の大部分は散逸したが、令は大半が「令義解(りょうのぎげ)」などに収録されて残っている。→律令

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

養老律令【ようろうりつりょう】

日本古代の法典。藤原不比等(ふひと)が学者・渡来人と大宝律令の条文字句の修正を開始,718年(養老2年)完成と当時の公式史料は伝えるが疑問があり,編纂(へんさん)事業はその後も継続,720年の不比等の死後まもなく中絶,757年に藤原仲麻呂が公布・施行。
→関連項目延喜格式延喜式大炊寮大舎人寮内蔵寮元正天皇玄蕃寮弘仁格式散位寮主計寮主税寮貞観格式諸陵寮大学寮大膳職中宮職典薬寮主殿寮縫殿寮兵庫寮

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

ようろうりつりょう【養老律令】

日本古代の法典。令10巻,律10巻よりなる。令は,令そのものとしては残っていないが,9世紀に成った養老令の注釈書《令義解(りようのぎげ)》《令集解(りようのしゆうげ)》などにより,ほぼ全文を知ることができる。しかし律は,一部が残されているにすぎない。701年(大宝1)制定・施行の大宝律令についで編纂されたもので,藤原不比等(ふひと)が主導し,矢集蟲麻呂(やずめのむしまろ),陽胡真身(やこのまみ),大倭小東人(やまとのこあずまひと),塩屋古麻呂(しおやのこまろ)(吉麻呂とも),百済人成(くだらのひとなり)が編纂に従事した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ようろうりつりょう【養老律令】

718年(養老2)、藤原不比等らが、大宝律令を若干修正して編纂へんさんした律・令各一〇巻。757年より施行。律の大半は散逸。令は大部分が現存の「令義解りようのぎげ」の本文に残る。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

養老律令
ようろうりつりょう

日本古代の基本法典。律は名例(みょうれい)、衛禁(えごん)、職制(しきせい)、戸婚、厩庫(きゅうこ)、擅興(せんこう)、賊盗、闘訟、詐偽、雑、捕亡、断獄の12篇(へん)。令は官位、職員、後宮職員、東宮職員、家令職員、神祇(じんぎ)、僧尼、戸、田、賦役、学、選叙、継嗣(けいし)、考課、禄(ろく)、宮衛(くえい)、軍防、儀制、衣服、営繕、公式(くしき)、倉庫、厩牧(きゅうもく)、医疾、仮寧(けにょう)、喪葬、関市、捕亡、獄、雑の30篇。律令とも各10巻。718年(養老2)右大臣藤原不比等(ふひと)の主宰のもとで、陽胡真身(やこのまみ)、大和長岡(やまとのながおか)、矢集虫麻呂(やずめのむしまろ)・塩屋古麻呂(しおやのこまろ)、百済人成(くだらのひとなり)が大宝(たいほう)律令を改正し律令を撰定(せんてい)したという。ただその論功を722年に行い、また完成を養老年中(717~724)とする伝えもあって、撰修(せんしゅう)終了はさだかでない。しかも不比等の孫の仲麻呂(なかまろ)が政権をとっていた757年(天平宝字1)ようやく実施となった。両律令を比較すると、基本的には条文上の不備、矛盾を修正するにとどまり、内容上変更があった場合でも、公布前適宜、単行法令として施行することがあった。編修自体、不比等が藤原氏所出の首(おびと)皇子(聖武(しょうむ)天皇)の統治を裏づける新律令の制定をもくろみ、施行には不比等の功を顕彰し、仲麻呂の権勢を強める意図が込められたとみられる。その後、大規模な律令編修はなく、律令国家の崩壊とあわせて効力を失ったが、公家(くげ)社会では引き続いて形式的に重んじられ、官制などは明治初年まで存続した。『律疏(りつそ)』『令義解(りょうのぎげ)』『令集解(りょうのしゅうげ)』や逸文によって、ほぼその全容を知ることができる。[八木 充]
『井上光貞他校注『律令』(『日本思想大系3』1976・岩波書店)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の養老律令の言及

【古代法】より

…体系的といいうる律令法典は,701年(大宝1)に制定・施行された大宝律令である。その後718年(養老2)ころ,大宝律令を修訂した養老律令が編纂され,757年(天平宝字1)に施行された。大宝律令が施行されたのはこのように短期間であったが,養老律令による修訂は字句の修正などの小幅な改訂にとどまるものであったから,日本の律令法は大宝律令の制定・施行をもって本格的にスタートしたといってよい。…

【道教】より

四神獣の構造)を下敷きにし,天武をはじめとして皇族の陵墓の多くが,朱鳥もしくは朱雀の象徴する南方,火の方角,道教の神学でいわゆる死者のよみがえりの宮,すなわち〈朱宮〉(〈朱火宮〉)の方向に築かれているのも,このことと密接に関連するであろう。
[陰陽道と道教]
 7世紀後半の天武・持統の治世,ないし8世紀初めの元明・元正の時代に道教の思想信仰への関心の高まりが見られること上述のごとくであるが,《古事記》成立の6年後,《日本書紀》成立の2年前,元正天皇の養老2年(718)ころに成立した現存最古の律令の養老律令では,道教と関連する記述がほとんど表面に見えていない。これはなぜであろうか。…

※「養老律令」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

養老律令の関連キーワード近江令改定律例慶元条法事類大宝律令明実録早川庄八吉田晶会典删定律令

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

養老律令の関連情報