日本舞踊の一流派。江戸における振付師の祖、志賀山万作(?―1729)を流祖とする最古の流派である。万作は喜多流の鼓打ちから中村座の囃子(はやし)方になったが、舞に優れていたため振付師に転じ、初世中村伝次郎を名のったという。しかし異説もあり、経歴ははっきりしない。2世家元(?―1781)は万作の子、3世(?―1783)は2世の子で、ともに中村伝次郎名。3世の長女が9世家元初世志賀山せい(?―1802)となってのち、流儀は女性の手に移った。代々せいの名を継ぎ、現15世家元7世勢以(1914― )に至っている。最盛期は、志賀山の縁者である名優初世中村仲蔵(なかぞう)(1736―90)が活躍した時代で、『舌出し三番叟(さんばそう)』『仲蔵狂乱』『関の扉(せきのと)』などに「志賀山の仲蔵ぶり」を残している。また彼は一時志賀山8世を継ぎ舞踊師匠として稽古(けいこ)場を開いていた。幕末から明治にかけての3世仲蔵(1809―86)も縁故が深く、志賀山の風を伝えた。古風な振(ふり)、技法が特色で、勢以代理の志賀山葵(あおい)が1980年(昭和55)から10回にわたり「志賀山流古典研究会」を続け、『志賀山三番叟』『仲蔵の藤娘(ふじむすめ)』『娘道成寺(むすめどうじょうじ)』などが注目された。近年、流派としての活動は少ない。
[如月青子]
日本舞踊の流派。元禄期(1688-1704)の志賀山万作を流祖とする。江戸歌舞伎の振付師の家系として知られるが,天明期(1781-89)に活躍して仲蔵振りを残した初世中村仲蔵は6世(8世説もある)志賀山を継いでいる。9世家元から後は女の町師匠によって継承され,志賀山勢以(せい)を名乗るが,現家元は15世である。別に5世勢以門弟扇永改め中村万作の志賀山一流,4世勢以門弟伊勢の流れを汲む一派,その別派などがあり,複雑に分派している。
執筆者:柴崎 四郎
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…しかし流派はまた新しい流派や分派を生み,宗家,分家家元などの名称も生じており,現在流派の数は150を超え,今後ますます分派していく傾向にある。 振付師から出た流派では,志賀山万作を流祖とする志賀山流,江戸の振付師藤間勘兵衛から出た藤間流,西川仙蔵を祖とする西川流,幕末期から明治にかけて活躍した初世花柳寿輔が開いた花柳流,若柳吉松の若柳流や,市山七十郎の市山流等がある。また俳優の家から出たものに3世中村歌右衛門を初世とする中村流があり,同じ中村流を名のるものに,初世中村富十郎を祖とするもの,中村弥八(1703‐77)を祖とする虎治派,3世坂東三津五郎より出た坂東流があり,そのほか水木流,岩井流,市川流,尾上流等がある。…
※「志賀山流」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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