志願兵制(読み)しがんへいせい

百科事典マイペディアの解説

志願兵制【しがんへいせい】

兵士の大部分を志願者から採用する兵役制度。徴兵制と対比される。兵士の自発的な国防意思を期待することができ,専門技術に長じた職業的軍隊を得ることができるが,社会情勢によっては多数の兵員を確保できない欠陥がある。現在の日本の自衛隊はこの制度によっている。
→関連項目軍隊選抜徴兵制

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

志願兵制
しがんへいせい

軍隊において軍務につく兵役制度の一種。徴兵制によらず、自由意志に基づいて兵役に服することを望む志願兵を募集して軍隊を構成する制度である。国民に兵役の義務を課す徴兵制と対比される。一般的に志願兵制の採用は先進的な民主主義国に多くみられ、その他の国においては徴兵制が採用されることが多い。

 フランス革命以降、多くのヨーロッパ大陸諸国では国民皆兵思想に基づき徴兵制が施行された。ナポレオン戦争におけるフランス軍、プロイセン・フランス戦争におけるプロイセン軍などが代表的な例である。多くの国民を徴兵して構成されたこれらの軍隊は「大衆軍隊」とよばれ、それ以前の軍隊と比べ圧倒的な数の力でヨーロッパの秩序を激変させた。一方、歴史的に国民の自由を強く尊重するイギリスにおいては、徴兵制の有効性に驚きを示し警戒しながらも、その採用が顧みられることはなかった。ある歴史家は「自国の防衛義務を免除されることは、イギリス人の憲政上の生まれながらの権利」と述べた。これほどまでに国民に兵役の義務を課すことを拒み志願兵制を維持してきたイギリスも、第一次世界大戦と第二次世界大戦期間中には深刻な兵士の不足に陥り徴兵制の採用を余儀なくされた。

 第二次世界大戦後に発生した冷戦構造のなかで、北大西洋条約機構(NATO(ナトー))諸国、ワルシャワ条約機構諸国、加えてスウェーデン、スイスなどの中立国においても徴兵制が一般的であったが、イギリスは1960年、アメリカは1973年、スウェーデンは2010年に志願兵制へ復帰した。戦後も長らく徴兵制を維持してきたドイツ、フランス、イタリア、オランダといった西欧のNATO諸国も、1990年代以降、冷戦の集結に伴い、順次、志願兵制へ移行していった。しかし、2010年以降、志願兵制から再度、徴兵制へ変更する国が出てきている。スウェーデン、リトアニア、ウクライナは「ロシアの脅威」を、フランスは「テロとの戦い」を理由として徴兵制の復活を決めるか検討している。日本においては、第二次世界大戦後、一貫して志願兵制が維持され自衛隊が構成されている。徴兵制は日本国憲法に違反するとされている。

 志願兵制の長所としては、(1)国民や社会への負担が小さい、(2)自由意志に基づくため、兵役を務める意志が明確である、(3)徴兵制のような兵役負担の公平性について問題が起きないこと、などがあげられる。一方、短所としては、(1)兵役が職業として選択される必要があり高めの給与体系が求められ高コストであること、(2)兵員数の急速な拡大が困難であること、などがあげられる。

[山本一寛 2018年8月21日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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