応力腐食割れ(読み)おうりょくふしょくわれ(英語表記)stress corrosion cracking

改訂新版 世界大百科事典 「応力腐食割れ」の意味・わかりやすい解説

応力腐食割れ (おうりょくふしょくわれ)
stress corrosion cracking

金属材料は,延性があるために外部から力が加わると伸びたり曲がったりするが,ふつうは割れたり折れたりはしないことが特徴の一つである。このように強靱(きようじん)な金属材料も,ある特別な条件が重なり合うと,ガラスや陶磁器のようにもろくなり,表面からひびが入ったり割れたりする。材料がもろくなることを脆化(ぜいか)と呼んでいるが,とくに材料の感受性(材料の固有の性質),環境の腐食性,引張応力の付加という三つの条件が同時に相乗的に関与したときにおこる脆化現象を環境脆化environmental embrittlementと呼び,環境脆化による割れを応力腐食割れ(SCC)という。腐食という化学的な働きと応力という物理的な働きとが,たまたま材料に弱みがあると協同作用を及ぼし合って,材料を破壊に導く現象である。工業的に使われている材料は,環境条件のいかんによっては割れるおそれをもっていると考えてよい。応力腐食割れに関与する因子は数多く,科学的研究の立場からみると現場科学(フィールドサイエンス)によく似ている。応力腐食割れに関する研究の歴史は,いつも次のようなサイクルの繰返しになる。(1)新しい技術の誕生→(2)経験のない環境下での材料の使用→(3)応力腐食割れ現象の発生→(4)科学的研究の開始→(5)割れ条件や割れ機構の解明→(6)有効な対策の実施→(1)。

応力腐食割れのおこり方については次のような一般的特徴がある。(1)特定の材料と環境の組合せに限って発生の可能性がある。材料は,含有する微量成分,加工履歴,熱処理履歴などで,応力腐食割れに対する感受性に変化が出る。環境は,銅合金にはアンモニアアルミニウム合金ステンレス鋼には塩化物,炭素鋼には硫化水素とか苛性ソーダなどのような組合せがよく知られている。(2)一般には引張応力が必要であり圧縮応力下では発生しない。(3)潜伏期間を伴って発生する現象であり,使用環境にしばらく放置されたのちに発生する。(4)割れの発生は電気化学的な現象であって,金属材料の表面状態が遷移をおこす不安定な状態にある電位範囲で発生する。この感受性の高い電位範囲を避けることで電気防食が可能である。(5)実用金属材料は微小な結晶の集合した多結晶体と呼ばれるものである。このため割れの形態としては,結晶粒界に沿って割れの進行する粒界割れと,結晶粒内部に割れが貫通する粒内割れ(貫粒割れ)の二つに区別される。粒内割れでは激しい分岐を伴う場合もある。応力腐食割れの発生を防止するには,材料の感受性の低下,環境中の特定の腐食成分の除去,材料の環境中で示す電位の制御,引張応力の除去,のうちのいずれかの対策を行えばよい。環境全体としては,特定成分や温度が限度以下であっても,局部腐食における塩化物の濃縮のように,局所条件の変化によって誘発されることがある。このような場合には,温度の不均一化を抑えて,すきまなどをつくらない,防食設計全般の考慮も必要となる。

体心立方(BCC)構造をもつ鋼は,鋳造,塑性加工,酸洗い,めっき,腐食などの過程で容易に水素を吸収する。水素脆化(水素脆性hydrogen embrittlement(HE)は,水素の吸蔵によって鋼の機械的性質に変化がおこり,引張応力の存在下でもろくなる現象を指す。一般に金属の水素脆化には,溶解した水素原子が応力による変形に伴って結晶内部で移動することを原因とする拡散型水素脆化と,水素化物の析出が原因となる析出型水素脆化があるが,鋼の場合は前者の拡散型であり,常温付近で最も感受性が高くなる。もともと水素を吸蔵しないように注意深く製造した鋼材でも,使用環境中での腐食反応が原因となり徐々に水素を吸収し,最終的には水素脆化機構により割れに至る。これは応力腐食割れの典型的な例の一つである。酸洗いやめっきの工程で吸蔵した水素が原因で割れるような場合は,水素脆化割れではあっても腐食に伴っておこるのではないので,応力腐食割れではない。高張力鋼がごくふつうの環境にさらされながら引張応力下である時間経過後に割れる現象を,とくに遅れ破壊delayed fractureと呼んでいる。高張力鋼の場合には,使用時の応力が大きく,材料の成分や組織の面からも少量の吸収水素で脆化割れの原因となる。弱い腐食環境であっても水素脆化機構による応力腐食割れがおこるので,遅れ破壊もこの一例にすぎない。

応力腐食割れという現象がはっきり認識される以前から知られていたことの一つに時期割れseason cracking置割れともいう)がある。これはもともとは木材のひび割れに使った言葉である。冷間加工を受けて残留応力がある状態の黄銅(シンチュウ)は,アンモニアを含む湿った大気中に放置されると自然に粒界割れ形態の破壊をおこす。銃弾の薬莢(やつきよう)などに発生するもので,応力腐食割れの典型的な例の一つである。

応力腐食割れは反応のメカニズムのうえで,水素脆化機構と活性経路割れactive path corrosion(APC)機構の二つに大別される。水素脆化は体心立方構造の鋼に特有のもので,割れ形態は粒内割れである。高い引張応力を付加した高張力鋼に発生する遅れ破壊や,硫化物を含む環境でおこる硫化物応力腐食割れ(硫化物割れ)sulfide stress corrosion cracking(SSCC)等が含まれる。活性経路割れは,金属の電気化学的溶解と引張応力との協同作用でおこるものであり,粒界割れと粒内割れの双方が存在する。協同作用の様式としては一段階機構と二段階機構とがある。一段階機構は,電気化学的溶解反応が連続的に進行して割れを進展させるもので,応力は溶解経路の活性化を持続するために必要となる。粒界があらかじめ存在するアノード経路になる場合と,割れ先端の応力集中でつぎつぎとすべり面が働き活性経路を連続させて粒内割れに至る場合が含まれる。二段階機構では,電気化学的溶解と応力による機械的破壊が交互に不連続に進行する。環境中に存在する特定化学物質が割れ面に吸着して表面エネルギーを低下させる作用が大きな寄与をする収着割れsorption cracking機構や,割れ先端での酸化物皮膜の形成と割れが交互に繰り返すことで破壊が進行する皮膜破壊film rapture機構が含まれる。現実には材料と環境の組合せについて割れ機構は変化するので,単純に割り当てることは難しいが,個々の現象を整理して考える枠組みとしてはここでとりあげたような機構が有用である。

炭素鋼,高張力鋼は,硫化水素を含む環境で,水素脆化機構による粒内割れを生ずる。硫化水素の存在は,水素発生型の腐食を促進すると同時に,原子状水素の鋼中への吸蔵に触媒的な役割を果たす。割れ感受性は20~30℃で最も高くなる。この現象は酸性油田や天然ガス用油井管で問題となる。日本では,1962年にLPG(液化プロパンガス)貯蔵用球形タンクに割れが発見されたのを契機として研究が進み,LPGの中の微量硫化水素の除去が有効な防止策となった例がある。

高温高濃度の苛性ソーダ溶液中でおこる粒界割れを苛性割れという。古くは苛性脆化という言葉が使われたが,メカニズムとしては活性経路割れであり,水素脆化ではないとされている。ボイラーなどでは全面腐食防止のための抑制剤として苛性ソーダを添加するが,割れ発生限界を大幅に下回る量であるにもかかわらず,運転中に局部的過熱などを原因として濃縮された部分が生ずることによってはじめて割れ発生がおこる。加圧水型原子炉には600合金というニッケル合金材料が使われるが,蒸気発生器系統でこの種の粒界型の苛性割れ発生の事例が生じたことがある。

304鋼(18Cr-8Ni-Fe)に代表されるオーステナイト系ステンレス鋼は1920年代に開発されたものであるが,塩化物イオンと酸素を含む高温水溶液中で割れが発生することはすぐに問題となった。1944年には第1回の応力腐食割れの会議が開かれ,以後高温高圧塩化物溶液中で応力腐食割れをおこさない材料の研究が盛んに行われた。現実の工場などでの経験では20ppm程度の塩化物濃度でも割れ事故が発生するが,これはすきま腐食,孔食などが先行して局部的に塩化物を濃縮した場所ができてはじめて割れに至るのである。現実に即した低濃度塩化物溶液での割れの研究が行われるようになったのは近年のことである。割れ形態は粒内割れであり,塩化物イオンがなければ割れない。溶接熱影響部では,腐食されやすい状態となる鋭敏化がおこり粒界割れとなる場合もある。

沸騰水型原子炉(BWR)の純水を使う配管系で1965年にはじめて304鋼の割れが発見された。塩化物がなければ割れないという当時の常識を裏切る出来事であった。その後の研究の結果では,鋭敏化された304鋼は0.2ppm以上の溶存酸素を含む高温(260℃以上)高圧水中で粒界割れを生ずることがわかり種々の対策が立てられた。鋭敏化材におこる粒界割れは,ポリチオン酸を含む水溶液中でも経験される。これらの応力腐食割れのおこる材料と環境の組合せの例を表に示す。
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化学辞典 第2版 「応力腐食割れ」の解説

応力腐食割れ
オウリョクフショクワレ
stress-corrosion cracking

金属材料が引張応力のもとで,特定の腐食環境下で破断する現象をいう.たとえば,アルミニウム合金,オーステナイト系ステンレス鋼は塩化物水溶液中で,また軟鋼はアルカリ水溶液中で応力腐食割れを起こす.後者はアルカリ脆性ともよばれる.アンモニア中での銅合金の応力腐食割れはseason crackingともよばれる.割れの形態としては,結晶粒界に沿って割れる粒界割れと,結晶粒を貫通する貫粒割れとがある.割れの機構については未知の点が多く,
(1)選択腐食による割れの発生と応力集中の繰り返し,
(2)応力により加速された電気化学的腐食,
(3)応力による表面保護皮膜の破壊による腐食の促進,
(4)腐食生成物のくさび効果,
(5)応力による異相の析出や変態による腐食の促進,
(6)転位論にもとづく説など,
多くの説が提出されているが,すべてを矛盾なく説明できる理論はまだなく,また,単一な現象であるかどうか疑わしい.腐食に伴い発生する水素の吸蔵による水素脆化と混同されることが多い.

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「応力腐食割れ」の意味・わかりやすい解説

応力腐食割れ
おうりょくふしょくわれ
stress corrosion cracking

SCCともいう。引張り応力 (残留応力を含む) と腐食の相互作用によって生じる合金材料の割れのこと。時期割れはこの種の割れである。この現象には,亀裂の先端が陽極となって金属が溶解して進展するものと,腐食によって発生する水素原子の侵入 (水素脆性) によるものとがある。他の機械的な破壊とは次の点で異なる。 (1) 合金の種類によって定まる特定の腐食環境においてのみ生じる。 (2) 非常に小さい応力でも生じ,数ヵ月以上数年後にも起る。 (3) 温度の影響が大きい。 (4) 純金属では通常発生しない。 (5) 繰返し荷重が作用すると,SCC被害が大きく加速される。

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知恵蔵 「応力腐食割れ」の解説

応力腐食割れ

全面的な腐食が生じない条件下でも、応力と化学反応である腐食との共同作用で、金属材料に割れが生じる現象。脆(ぜい)性破壊に至る場合もある。多くの合金は特定の溶液中、例えばオーステナイト系ステンレス鋼は海水など塩素イオンの存在下で、また銅合金(真鍮)はアンモニアの存在下で応力腐食割れを起こす。原子炉など高温高圧水の中での発生が注目されている。

(徳田昌則 東北大学名誉教授 / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

百科事典マイペディア 「応力腐食割れ」の意味・わかりやすい解説

応力腐食割れ【おうりょくふしょくわれ】

金属材料の内部にかかる力(応力)と腐食との相乗効果によって材料に割れが起こる現象。特定の環境に置かれた合金に起こりやすい(たとえば,オーステナイト系ステンレス鋼は塩素イオン存在下で,銅合金はアンモニア存在下で)。普通なら腐食が起こらない条件でも,引っ張り応力などが残留していると電気化学的反応が進み,応力腐食割れを起こす。

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世界大百科事典(旧版)内の応力腐食割れの言及

【核燃料】より

…接触しても徐々に接触していく場合は問題が生じない。しかし燃料の出力を急に上昇させると,ペレットが急に膨張し,被覆管を押すことになるが,これが燃焼の進んだときに起こると,ペレットと被覆の間には核分裂生成物がたまっているので,ペレットに押されるという力学作用と核分裂生成物に腐食されるという化学作用が合わさって,被覆管の応力腐食割れstress corrosion cracking(SCC)により小さな割れ目ができて核分裂生成物のもれの原因となる。以上の現象をペレット・被覆相互作用pellet cladding interaction(PCI)と呼び,燃料棒の性能がきわめて良くなっている現在でもなお研究を要するもれの原因である。…

【核燃料】より

…接触しても徐々に接触していく場合は問題が生じない。しかし燃料の出力を急に上昇させると,ペレットが急に膨張し,被覆管を押すことになるが,これが燃焼の進んだときに起こると,ペレットと被覆の間には核分裂生成物がたまっているので,ペレットに押されるという力学作用と核分裂生成物に腐食されるという化学作用が合わさって,被覆管の応力腐食割れstress corrosion cracking(SCC)により小さな割れ目ができて核分裂生成物のもれの原因となる。以上の現象をペレット・被覆相互作用pellet cladding interaction(PCI)と呼び,燃料棒の性能がきわめて良くなっている現在でもなお研究を要するもれの原因である。…

※「応力腐食割れ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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