翻訳|speculation
〈見る,観察する,看視する〉を意味するラテン語specio,ギリシア語skopeōに基づくラテン語speculatioに由来し,観察,観想,観照,静観,省察の意味で使われる用語。明治10年代から思弁,40年代には想考とも訳された。ボエティウスはこれを〈観想,理論theōria〉ならびに〈観照contemplatio〉と同義に用いた。エリウゲナには〈知性的な思弁〉〈理論的な思弁〉の用例があり,知性による原理の理論的な観想,省察の意味である。スコラ哲学では,語源を〈鏡speculum〉(これもspecioに由来)と結びつけ,鏡に反映した姿すなわち結果から実物,現物ないし原因へと上昇的に立ち戻る推論の意味に思弁が解された。この用法はスコラ神学の神すなわち万物の創造者の思索と結びつく。神のなす業(わざ)には神の全知全能があたかも鏡に映されたように反映しているから,この神の業からして神を直接に認識すること,すなわち神を純粋な理性を通して直観的に観照し把握する超越的思考が思弁であり,思弁は瞑想と観照に基づいて遂行されるとされた。一般に,思弁とは経験的現実を超越し,現実全体の究極の原理ないし根拠を純粋理性により直観的に観想することと説かれているが,その方向はスコラ哲学に始まり,その精神はドイツ観念論とりわけヘーゲルに受け継がれる。近世に至り,ルターによるスコラ神学とその基礎の哲学体系への批判以後,さらには経験的・実証的態度の拡大により,思弁の上昇的・超越的意義はしだいに失われる。今日では思弁的とは空理空論的,経験や実地を無視した見方とされ,〈悪しき思弁〉と一括されるのが常識である。しかし,理論や学問が所与の事実や結果からその条件,原因,動機へと推究し,仮説を構成してこれを検証する場合,所与から原理への試行錯誤を介する超越は,ある種の思弁的要素すなわちある可能性を投機し先取し,これを真・偽の吟味にさらすという賭の要素をたえず内包する。所与の事実や結果を説明しうるかに見える仮説ですら,単なる検証可能性のみならず反証不可能性の規準に耐えざるをえないかぎりにおいては,いまだわれわれは〈鏡に映して見るようにおぼろげに見ている〉のではあるまいか。
執筆者:茅野 良男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
近代インド・ヨーロッパ語で、思弁に対応する原語、たとえば英語のspeculationが株の「投機」の意味をももつことに暗示されているように、あれこれと思い迷うこと、「思惑」というニュアンスをもつ。そこで哲学的には「思考」「思索」と一面では共通の意味があるが、次のような違いを示す。
(1)古代ギリシア哲学以来の区別の伝統を受け、技術(テクネー)technē、実践(プラクシス)prāxisに対して、実践、実用を離れた純粋に知的認識としての観相(テオリア)theōriāの含みが強い。
(2)経験的、実証的、科学的な思考に対し、理性的、空想的、形而上(けいじじょう)学的思索の意味をもつ。
そこで、プラトンや近代理性論の系譜、観念論的立場からは、哲学的活動の本質として重視されるが、経験論、唯物論、実践重視の哲学的立場からは消極視される。とくに現代では、理論物理学の「思考実験」と同様の意義が認められる場合を除けば、概して空疎で非行動的な思索という悪い意味をもつ。
[杖下隆英]
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…狭義には,ある時点で購入した財(金融資産を含む)を,異時点間の価格変化から(その財の利用からではなく)利益を得ようとする目的で,他の時点で売却する行為のことをいう。たとえば,日本人が,為替レートの先行きを予想して,ドルを安いときに買って,ドル高になったときにそれを売却して円に換える場合,狭義の投機を行っていることになる。このような投機は純粋な投機と呼ばれることもある。しかし,一般に,価格が時とともに変化すると予想されているときには,人々は,多かれ少なかれ,その価格変化から利益を得ようとするものである。…
※「思弁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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