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恵施 けいし Hui Shi

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

恵施
けいし
Hui Shi

[生]前370頃
[没]前309頃
中国,戦国時代中期の思想家。名家に属する。魏の宰相となったと伝えられるが,伝記は明確でない。著書『恵子』1編があったというが伝わっていない。その遺説が『荘子』天下編その他に断片的に伝えられている。

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デジタル大辞泉の解説

けい‐し【恵施】

中国、戦国時代の思想家。名家(めいか)学派の一人で、常識的な見解を自由な視点によって覆そうとする多くの命題を残した。荘子の論敵としても知られる。生没年未詳。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

恵施 えし

?-701 飛鳥(あすか)時代の僧。
白雉(はくち)4年学問僧として唐(とう)(中国)にわたる。天武天皇13年大和(奈良県)法起(ほっき)寺の三重塔をたてる。文武天皇2年僧正となる。大宝(たいほう)元年死去。「えせ」ともよむ。俗姓は小豆(あずき)。

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世界大百科事典 第2版の解説

けいし【恵施 Huì Shī】

中国の戦国時代,宋の論理学者,政治家。生没年不詳。荘子とほぼ同時代の人で,孟子との問答で名高い梁の恵王に仕えた。その学説は,一種の詭弁論理学であるが,空間の無限定,時間の無始無終,万物の同異の相対などを論じ,そこから天地の一体,博愛平等を主張した。荘子の万物斉同墨子の兼愛説との類似が見られるが,論理的分析を通じて,認識論的に証明しようとするところにその特徴がある。【麦谷 邦夫

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大辞林 第三版の解説

けいし【恵施】

中国、戦国時代の宋の思想家。荘子の論敵かつ友人であり、名家を代表する論理学者。生没年・伝記とも未詳。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

恵施
けいし

中国、周末戦国期(前4世紀)の名家に属する思想家。紀元前334年から前314年までの間は生存していたと考えられるが、生没年は未詳。宋(そう)国出身で、のちに魏(ぎ)の恵王(在位前369~前319、孟子(もうし)が訪れたこともある)の大臣となり、そのとき荘子(そうし)が面会した。また縦横家(じゅうおうか)の張儀(ちょうぎ)によって魏から追われた。車5台分の蔵書があったとされるが、彼自身の著述は残っていない。「山と沢とは平らか」など「歴物十事(れきぶつじゅうじ)」という10種の、まだ意味が十分にわからない結論だけの主張が残っている。推測するに、時間・空間の無限大と無限小とを考え、その両者は最終的には同じことであるというふうに考えたらしい。どのような論証をしたのか不明であるが、当時、その論証は説得力をもっていたらしく、その意味で論理学派に数えられる。[加地伸行]

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世界大百科事典内の恵施の言及

【道家】より

… 道家は,その源が戦国の乱世それ自体,すなわちこの一大社会変革の生み出す政治への不信ないし生の不安にあり,それらを理論的に解決して人々に慰めを与えるものだったので,当時の失意の士大夫の間に多数の支持者を得たのみならず,今日まで同様の時代・類似の境遇の人々に広範に信奉されてきた。その先駆は《論語》にいう逸民であるかもしれぬが,直接には戦国中~後期の(1)個人の生命の充実を重んじた楊朱,子華子,詹何(せんか),(2)寡欲に徹し闘争の否定を唱えた宋牼(そうけい),尹文(いんぶん),(3)道徳的先入観からの脱却を説いた田駢(でんへん),慎到,(4)総体としての世界の〈実〉に依拠して,あれとこれとの区別である〈名〉(概念,判断)を軽視した恵施(けいし)などであり,その成立と展開は《荘子》《老子》《淮南子》などによって最もよく知りうる。前3世紀初め,自我の撥無(はつむ)によって一の無たる世界に融即せよ,それこそが道をとらえた聖人の主体性だからとする万物斉同の哲学に始まり,そのように世界を統御しつつ同時にそこから超出して自由であれと説く遊(ゆう)の思想に受け継がれ,以後各方面に展開していった。…

【名家】より

…中国,戦国期の論理学派。恵施公孫竜がその代表である。司馬遷の父,司馬談〈六家要指(りくかのようし)〉にみえる名称で,秦・漢期以後は,荀子・春秋学系の礼法制度と綱常倫理との一致をもとめる儒教的名分論のもとで,〈名家〉はその観点からの概念分析家〈名実を正す〉学派としてのみ認定された。…

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