コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

縦横家 じゅうおうか Zong-heng jia

5件 の用語解説(縦横家の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

縦横家
じゅうおうか
Zong-heng jia

中国,古代の諸子百家の一つ。しょうおうか,とも読む。戦国時代に時勢の変化を洞察して政治,特に外交政策について巧みな弁舌をもって諸侯に説いた一群の人々。その代表者の蘇秦が秦に対抗するため韓,魏など六国を同盟させた合縦 (がっしょう) 策と,張儀が秦のため六国を連合して服従させようとした連衡策 (衡とは横の意味) からこの名称が生れた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

じゅうおう‐か〔ジユウワウ‐〕【縦横家】

中国、戦国時代諸子百家の一。合従や連衡を説いた一学派。蘇秦(そしん)張儀など。しょうおうか。→合従連衡
両者の中間に立って方策を立てる人。策士。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

縦横家【じゅうおうか】

中国,戦国時代(春秋戦国時代)の諸子百家の一つ。他の諸派のような一定の主義・主張を持つものではなく,弁舌と野望をもって戦国時代の各国君主の外交的駆け引きに奔走した策士たちの総称であるから,思想史上にみるべき貢献をしたものではない。
→関連項目合従連衡蘇秦張儀

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

じゅうおうか【縦横家 Zōng héng jiā】

中国,古代の諸子百家に数えられた外交の策士家たち。〈しょうおうか〉ともいう。〈縦横〉とは,戦国期の蘇秦の合従(がつしよう)策(約従(やくしよう),従親(しようしん)とも)と張儀の連衡(れんこう)策で知られた〈従(たて)(南北系)〉と〈衡(よこ)(東西系)〉の国際同盟を唱える外交策のこと。《韓非子》五蠹(ごと)にその内容を伝える。国際,国内の情勢変化を洞察して国君を遊説し,巧妙な弁説で権勢を動かしたこの外交上の策謀は,〈従横長短〉〈従横捭闔(はいこう)〉と呼ばれ,連合,離間,和戦の交渉を通じて戦国諸侯の政権や国益を左右した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

じゅうおうか【縦横家】

中国、戦国時代の諸子百家の一。合従がつしようと連衡れんこうの策を諸侯に説いてまわった一派。蘇秦そしん・張儀ちようぎなど。しょうおうか。 → 合従連衡
策略を好んで用いる人。策士。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の縦横家の言及

【合従連衡】より

…前4世紀後半いらい西方の秦が強大になってくると,東の燕・斉・趙・韓・魏・楚の6国が縦に同盟して秦に対抗する合従策と,秦が6国のそれぞれと単独で同盟を結ぶ連衡策とが重要な外交政策となった。このような策を諸侯に遊説するものを縦横家(じゆうおうか∥しようおうか)とよび,合従策は蘇秦,連衡策は張儀の名が有名である。縦横家には他に蘇秦の弟の蘇代,陳軫(ちんしん),犀首らがあり,くだって漢代の蒯通(かいつう),徐楽,主父偃(しゆほえん)らもその亜流とみなされている。…

【春秋戦国時代】より

…老子や荘子の考えは,道を根本として構成されるので,道家とよぶ。このほか論理学を説く名家,陰陽論を説く陰陽家,上述の蘇秦・張儀のごとく外交術を説く縦横家,農業技術や農民思想を説く農家など多くの流派の思想家が活躍し,互いに影響しあい,中国史上最も自由に思想が説かれた時代であり,これらを諸子百家と総称するが,後世に大きな影響を与えたのは儒家と道家であり,法家は思想として表面にあらわれなかったが,儒家の徳をたてまえとする政治を支える技術としてつねに利用された。 このように多様な思想が自由に展開したのは,人間精神の躍動を示すものであり,これは芸術にもあらわれた。…

【中国文学】より

…人物のいきいきとした描写,事件の展開のむだのない記述に手腕をみせる《左氏伝》は《春秋》とならんで編年体の歴史書の模範となった。この時期に(《荘子》のごとく架空の人物の対話を作るのではなく)実在の人物の言論を想像によって再現する方法を教えた学派(縦横家など)があった。その作文を集めたのが《戦国策》である。…

【合従連衡】より

…前4世紀後半いらい西方の秦が強大になってくると,東の燕・斉・趙・韓・魏・楚の6国が縦に同盟して秦に対抗する合従策と,秦が6国のそれぞれと単独で同盟を結ぶ連衡策とが重要な外交政策となった。このような策を諸侯に遊説するものを縦横家(じゆうおうか∥しようおうか)とよび,合従策は蘇秦,連衡策は張儀の名が有名である。縦横家には他に蘇秦の弟の蘇代,陳軫(ちんしん),犀首らがあり,くだって漢代の蒯通(かいつう),徐楽,主父偃(しゆほえん)らもその亜流とみなされている。…

【縦横家】より

…中国,古代の諸子百家に数えられた外交の策士家たち。〈しょうおうか〉ともいう。〈縦横〉とは,戦国期の蘇秦の合従(がつしよう)策(約従(やくしよう),従親(しようしん)とも)と張儀の連衡(れんこう)策で知られた〈従(たて)(南北系)〉と〈衡(よこ)(東西系)〉の国際同盟を唱える外交策のこと。《韓非子》五蠹(ごと)にその内容を伝える。国際,国内の情勢変化を洞察して国君を遊説し,巧妙な弁説で権勢を動かしたこの外交上の策謀は,〈従横長短〉〈従横捭闔(はいこう)〉と呼ばれ,連合,離間,和戦の交渉を通じて戦国諸侯の政権や国益を左右した。…

※「縦横家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

縦横家の関連キーワード九流雑家諸子百家兵家墨家漢文学四庫小説家百子全書百家争鳴

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

縦横家の関連情報