感覚遮断(読み)かんかくしゃだん(英語表記)sensory deprivation

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

感覚遮断
かんかくしゃだん
sensory deprivation

心理学用語。感覚隔離ともいう。身体の内外に作用する感覚刺激遮断すること。感覚遮断条件を完璧に設定することは困難であるが,感覚刺激の絶対量を減じたり,あるいは一様化することによって,ある程度まで達成される。 W.ヘロンらの実験によれば,静かな暗室内で,何日間も柔らかいベッドに横になり,手や腕にも筒がはめられて触刺激もできるだけ制限された状態におかれると,次第に考えがまとまらなくなり,白日夢のような体験が生じてきて,ついには幻想幻覚が現れたりするようになる。また脳波も正常な状態に比べ徐波 (ゆるい波) が頻発する。したがって,知覚や思考の機能を維持し,正常に発達させるためには,変化に富んだ適度の刺激作用が必要であるといえる。

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デジタル大辞泉の解説

かんかく‐しゃだん【感覚遮断】

被験者に対して、特定のあるいはすべての感覚刺激を断った状態で過ごさせること。視覚面での実験には動物の暗闇飼育などがある。

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百科事典マイペディアの解説

感覚遮断【かんかくしゃだん】

視覚,聴覚,平衡感覚等の感覚に対する光,音,温度,重力等の刺激を長時間遮断または減少させ,あるいは単調に反復持続させたために,これらの刺激を感覚が受けとめなくなった状態。この感覚遮断のために幻覚,錯覚,知覚障害,不安感,恐怖感,方向感覚の喪失,注意集中困難,健忘等の精神機能の異常が生じる。宇宙飛行中の無重力状態,ジェット機による長時間の飛行の際には一種の感覚遮断の状態になる。なお,強制的思想改革である洗脳は感覚遮断を応用したもの。→航空宇宙精神医学

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世界大百科事典 第2版の解説

かんかくしゃだん【感覚遮断 sensory deprivation】

人工的に感覚刺激を極度に減らすこと,またその状態。人の精神活動は外界から絶えず刺激を受けることによって営まれている。外界からの感覚刺激がすべて遮断されると,意識の活動が障害され,注意力や思考力の減退,無気力,時空間の認知障害や夢幻様の体験が起きる。さらに幻覚をも生ずる。幻覚としては幻視が多いが,幻聴やからだの浮遊感や無形感などの身体幻覚もみられる。幻視は,光る点や線という単純なものから,幾何学模様や場面的な幻視までのさまざまな段階のものがみられ,移り変わる。

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大辞林 第三版の解説

かんかくしゃだん【感覚遮断】

被験者または被験動物に対して特定の刺激が全く与えられないか、刺激量を減じた環境をつくり出すこと。実験を目的として行われ、一定期間後、通常の刺激を与えた時の行動を研究する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

感覚遮断
かんかくしゃだん
sensory deprivation

身体の内外から与えられる刺激を遮断すること。感覚的な刺激の絶対量を減らす方法の一つとして、呼吸管付きのマスクをつけた被験者が適温の湯の中に入る実験がある。また別の実験として、被験者にプラスチックの目隠しをかけ、腕には円筒のカバーをつけて、換気扇の一定の回転音がわずかに聞こえるだけの防音室に入れ、抵抗感のない柔らかいベッドに寝かせる方法もある。このような感覚遮断状態では、被験者は白日夢の体験を生じ、考えがまとまらず、落ち着かず、幻聴や幻想が現れ、加算作業や図形知覚のような簡単な仕事もできなくなる。視覚面だけを遮断する動物実験としては、チンパンジー、ひよこなどを生後ただちに暗室で飼育する方法がある。これまでの研究によれば、知覚や思考の働きを維持発展させるためには、変化に富んだ刺激が絶えず与えられ処理されることが必要である。[今井省吾]

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精選版 日本国語大辞典の解説

かんかく‐しゃだん【感覚遮断】

〘名〙 外部から生体に与えられる感覚刺激を比較的長期間制限して遮断すること。遮断の程度が大で長期にわたると認知機能が低下し、被暗示性の昂進などが生じる。

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最新 心理学事典の解説

かんかくしゃだん
感覚遮断
sensory deprivation

感覚遮断とは,全身の感覚器官に入る刺激を制限し,限りなく低減させること,およびそのような状況にある動物や人間の心理状態を表わす。感覚遮断には,すべての感覚を遮断するのではなく,ある特定の感覚だけを遮断することも含まれる。

 感覚遮断に対する研究は20世紀後半に始まったが,まずは知覚的な観点からの研究が行なわれ,次は洗脳,マインド・コントロールという観点からの研究が行なわれ,21世紀に入ってからは,その心理療法としての意義が研究されるようになったといえる。

 単調なレーダー監視や単調な長距離運転などに従事する人が,幻覚のような異常な感覚を経験することがある。カナダ国防省はこの現象に関心をもち,カナダのマクギル大学のヘッブHebb,D.O.に,この現象の精査を依頼した。ヘッブは1955年に研究を始めたが,そこでは実験参加者をベッドの上に横たわらせ,手には段ボール製の筒をかぶせて直接物に触ることのないようにし,目は覆い,耳には白色雑音(均一な周波数特性をもつ雑音)を聞かせるなどして外からの感覚を最小限にした。このような状態を知覚的分離perceptual isolationという。食事や排泄は可能だが,それ以外の時間,実験参加者は何もせずにリラックスしているようにと指示された。何もしないでゆっくりするというのは理想的な状態であるように思われるが,実際には,外からの刺激が何もないという異常な事態であり,実験参加者にはさまざまな問題が生じた。初期の研究によって報告された現象は,⑴幻覚を経験する,⑵説得されやすくなる(暗示にかかりやすい度合い,すなわち被暗示性suggestibilityが高まる),⑶認知的能力が低下する,⑷実験参加者は継続を望まず,すぐにやめたいと申し出る,の四つであった。

 ヘッブの研究は学術論文のみならず,一般的な論文としても発表され,多くの研究者がこの問題,とくに幻覚が生じるということに関心をもつようになった。研究の方法も多様化し,たとえば実験参加者を水槽の中に浮かせることで感覚遮断をつくりだすという実験も行なわれるようになった。そして1960年代には,こういった実験を感覚遮断実験sensory deprivation experimentとよぶようになった。

 このような研究を精緻化し,体系的な研究を行なったのはプリンストン大学のバーノンVernon,J.であるが,彼は,⑴の幻覚について,幻覚が生じるのはむしろ少数派であることを示した。ヘッブは聴覚刺激を遮断するために白色雑音を聞かせたが,この白色雑音が幻覚の誘発因となっている可能性が,後の研究で示唆されている。⑵の被暗示性については,感覚遮断が被暗示性を高め得ること,しかし個人特性などとも関連するため単純な効果ではないことが示されている。トルコに対して中立的な態度をもつ人に感覚遮断を行ない,トルコに好意的な情報を与えたところ,感覚遮断を行なわなかった人に比べて,トルコへの態度が好意的に変化することを示した実験などがある。

 感覚遮断は被暗示性を高めることを示したが,このことは,感覚遮断が洗脳やマインド・コントロールに通じるものであることを示唆している。洗脳brainwashingとは,人がもっている思想を,⑴解凍し(ゆさぶりをかけて壊す),⑵変革し(新しい思想を吹き込む),⑶再凍結する(固定化する)ことを目的として行なわれるプロセスである。人を身体的に拘束し,外部からの情報を最小限にして(つまり感覚遮断の状況をつくりだし)偏った情報だけを与える。薬物を投与して精神状態をコントロールして行なうこともある。1950年代に中国共産党が朝鮮戦争におけるアメリカ兵捕虜などに対して,共産党への好意的信念の確立を目的として行なったとされ,アメリカではリフトンLifton,R.J.らが,帰国したアメリカ兵に対し面接を行なうなどして研究を進めた。ただし,人の行動は変化させることはできても,思想を変革することは難しいという研究報告もある。

 マインド・コントロールmind controlも,個人の価値観などを変革しようとするものであるが,身体拘束は行なわない。つまり,物理的・明示的に感覚遮断を行なうことはない。それでも対象者を心理的に孤立させ,入ってくる情報を遮断し,偏った情報のみを提示するという点では同様である。洗脳やマインド・コントロールは,本来ならば変革の目的とされる思想・価値観のよしあしとは独立である。しかし,とくにマインド・コントロールは反社会的カルト集団によって行なわれることが多いため,否定的な行為と受け取られることが多い。

 リリーLilly,J.C.(1977)は,感覚遮断の状態が筋肉の緊張をほどくなどの効果をもち,ストレスマネージメントとして効果的であることを指摘した。また,スウェドフェルドSuedfeld,P.(1980)は,感覚遮断に代わる,制限された環境刺激療法restricted environmental stimulation(REST)という用語をつくりだし,臨床的な実践への道を開いた。リラックス効果のための感覚遮断を可能にする箱形設備も開発され,効果の検討も行なわれている。2005年,ディレンドンクDierendonck,D.V.とニジェンフスNijenhuis,J.T.は,1983年から2002年までに行なわれた25の感覚遮断研究(総参加者数449人)に対するメタ分析(複数の研究成果から信頼性の高い結果を導きだすことをめざす統計的分析法の一種)を行なった。その結果によれば,燃え尽き症候群や慢性疲労に対する効果が認められたとのことである。 →マインド・コントロール
〔サトウ タツヤ〕

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