改訂新版 世界大百科事典 「放射性損傷」の意味・わかりやすい解説
放射性損傷 (ほうしゃせいそんしょう)
radiation damage
狭義には,結晶固体に放射線の照射によりつくられた格子欠陥のことをさすが,工学的には広く照射により材料にひき起こされた種々の効果,とくに好ましくない効果をさす。照射損傷ともいう。本項では広義の立場をとり,現在実用化されている原子炉の構成材料の使用中に生じる変化を中心に述べる。結晶体である金属に対する粒子線の影響は大別して三つある。一つは電子的励起やイオン化であり,これはほとんど熱に変わり,後に残る変化を与えない。しかし,温度の上昇は放射性損傷の様相に影響を与え,除熱が必要となる。次は,原子が結晶中の本来あるべき場所からはじき出されることである。この結果として格子欠陥を生じ,これが材料内にさまざまに形を変えて蓄積し,性質の変化をひき起こす。第3のものは,中性子によって核変換を生じ新しい核種が生成され,材料内に蓄積することである。
以上のような性質の変化を知るには材料を照射して測定する必要があり,そのためには粒子線加速器あるいは材料試験用の原子炉などの照射装置が使用される。また,放射性損傷は照射条件の影響を強く受けることから,実際に使用した材料についての測定も行われている。これら種々の方法で求められた知識に基づいて材料の選択や機器の設計が行われるが,このような知識の蓄積には時間と経費のかかることから,従来の使用経験の豊富な材料を優先的に選択するのが普通である。
放射性損傷を規定するおもなパラメーターは照射温度,放射線のエネルギー,積算照射量である。軽水炉の燃料被覆管と圧力容器はともに約300℃の冷却水に接して使用され,その温度は300℃前後であり,これは材料の絶対温度でいって融点温度の0.3程度で,放射性損傷の立場からは比較的低温である。燃料被覆管は約3~4年の使用期間中に1MeV以上の高速中性子の最高1022n/cm2(nは中性子の個数)の照射を受ける。圧力容器は1019~1020n/cm2の照射を受ける。
放射性損傷のうち,とくに工学的に重要なものは,照射による強度の上昇(照射硬化),それと同時に生じる延性および靱性の低下(照射脆化)である。これははじき出しによって生じた格子欠陥が転位の動きを妨げるという機構によって生じる。照射硬化は照射の蓄積とともに進行するが,積算中性子照射量が1021n/cm2程度で飽和する。延性の低下も同様の傾向を示す。ジルカロイ被覆管の場合,強度は焼きなまし状態の約2倍程度まで増加して飽和する。延性の指標となる伸びは使用後でも数%であって,この伸びの減少が被覆管の寿命を制限するものとはならない。圧力容器は一次冷却水を閉じ込めるという原子炉の安全上重要な役割をもっているが,これにとって重要なことは靱性の低下である。圧力容器鋼材は延性・脆性遷移を示し,遷移温度以下では脆性破壊を生じやすい。そこでこの温度が使用中に問題となる温度とならないように材質,製造方法とくに溶接に注意が払われているのであるが,この温度は積算照射量とともに上昇していく。照射によって生成された格子欠陥は材料内に蓄積していくが,これによって材料の外形寸法が変化することがある。ジルカロイ被覆管の場合には,使用期間の終りで約0.2%ほど伸びる。これを照射成長という。この寸法変化は集合体の設計上考慮されており,伸びでも他の部材と干渉しないようになっている。クリープ変形にも照射は影響を与える。これは照射によって生じた格子欠陥がクリープ変形を助けるように作用するものであって,照射促進クリープと呼ばれる。このことは炉内の燃料被覆管のふるまいの予測に考慮されている。また,ジルカロイ被覆管は使用中に外面から冷却水によって腐食されるが,この腐食の様相と速度が炉外と炉内とでは異なっている。これはおもに放射線によって水が分解されることにより,化学的条件が変化することに起因している。このように放射線の材料に対する影響には二次的なものもある。
高速増殖炉の燃料被覆管の使用条件は,軽水炉よりも使用温度が高く,中性子照射量も(2~3)×1023n/cm2と高くなることから,損傷の様相が異なる。ここでおもに問題となるのは,ボイドスエリング,照射促進クリープおよび脆化である。ボイドスエリングははじき出しによって生じた空孔が集まって小さい空洞を多数つくることで,この結果として材料の体積の増加をひき起こすものであり,照射促進クリープとともに炉心の寸法安定性上問題となる。一般に,中性子エネルギーが高いときには(n,α)反応によってヘリウムが生成する。ヘリウムはほとんど母材に固溶しないことから,材料内にヘリウムの泡を多数つくり,その結果として延性の低下をもたらす。これをヘリウム脆性という。核融合炉では照射条件がより厳しいことから,材料内部に損傷が生じるだけでなく,さまざまの表面現象を生じることが知られており,材料の開発と放射性損傷の評価を今後に残している。
執筆者:大久保 忠恒
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報