日本大百科全書(ニッポニカ) 「政治犯罪」の意味・わかりやすい解説
政治犯罪
せいじはんざい
political crime 英語
political offence 英語
politisches Verbrechen ドイツ語
politische Delikte ドイツ語
ある政府によって非合法とされている手段を用いて国の基本的秩序を改変しようとする政治行為をいう。従って、広義では「現存する政府に対する罪」となる。
日本の刑法学では「国家に対する罪」として「国家の存立に対する罪」と「国家の作用に対する罪」の二つがあるが、前者が政治犯罪に分類される。その主なものは内乱罪と外患罪である。
第二次世界大戦終了までの日本では天皇制国家が絶対視され、現実的な侵害のほかに、思想や政治的イデオロギーなど当局が国家にとって危険であると推定するものを含めて、厳しく処罰する傾向があった。その根拠法は治安維持法などである。この法に違反する行為を国事犯Staatsverbrechenと称した。戦後、日本国憲法の下で治安立法は廃止されたが、冷戦の最中に国際共産主義勢力の間接侵略に対処する破壊活動防止法が制定された。それに違反する罪は政治犯罪ということになる。
政治学的に政治犯罪を捉えるなら、現存する政府を非合法的な手段を用いて直接的、ないしは間接的に破壊し、新しい政府を樹立しようとする革命的行為は、体制側からは政治犯罪と解釈される。したがって国家権力の正統性と合法性の弁証的な関係の中でこうした事態を捉えない限り、その実態を判断することは困難である。
通常、ある政治勢力が、正当な手続に基づいて政権を獲得し、多数の国民の支持する目標の実現を目ざしている場合、その権力の正統性と合法性の乖離(かいり)は小さいといえよう。しかし、ある政治勢力が形式的に合法的手続を踏むか、あるいは非正当的方法で政権を奪取したのち、合法性の粉飾を施して、実質的にその特殊利益のみを追求している場合、権力の正統性と合法性の乖離は大きくなる。この場合、合法性の枠内でこうした統治に反対する政治活動が許されなくなると(その極限状態が独裁であるが)、失われた正統性の回復を目ざして「合法的」政権に反対する政治的行動が発生し、それが既存政権によって弾圧され、政治犯罪といわれる。要するに、ある国で政治犯罪が発生し、増え続けることは、その国の権力の正統性の危機が深まっていることを示すものであり、そうした国はいくら合法性を装ったとしても、実態は専制的な独裁であることにはかわりがない。
こうした体制側からみて政治犯罪といわれる行為は、反体制側からは正当な行為ないし革命的行為とみなされ、むしろ体制側の弾圧や政治犯の虐待・虐殺こそ政治犯罪とみなされる。これは、革命が成功すると、革命裁判所で処罰の対象となる。
なお「革命と戦争の時代」といわれた20世紀後半から21世紀にかけて、権力の正統性と合法性の乖離が極めて大きい国から、弾圧を逃れて他国に亡命を求める政治難民の数が増大している。政治難民は脱出してきた国からは政治犯とみなされており、その引渡しを求める要求が強い。自由民主主義諸国では人道的理由から引渡しを禁止しているのが原則である。日本でも「逃亡犯罪人引渡法」(昭和28年法律第68号)第2条1号で「引渡犯罪が政治犯罪であるとき」は引き渡してはならないと定めている。
[安 世舟]