この語はpolice judiciaireの訳語であって、フランス型の権力分立制度の下において、司法機関たる予審判事または裁判所検事局の指揮の下に、警察官が行う「犯罪の捜査、被疑者の逮捕」の作用が司法権に属させられており、行政権が関与することのできない作用であるところから、この名称がある。
[関根謙一]
わが国においても、明治維新以後、明治憲法下においては、法制上の概念として「司法警察」の概念が存在していた。明治7年(1874)太政官(だじょうかん)達14号の「検事職制章程並司法警察規則」は、「司法警察ハ行政警察予防ノ力及ハスシテ法律ニ背ク者アル時其(その)犯人ヲ探索シテ之(これ)ヲ逮捕スルモノトス」(第10条)と定め、さらに、明治憲法下においても効力を有していた「行政警察規則」(明治8年太政官達29号)もまた、「行政警察予防ノ力及ハスシテ法律ニ背ク者アルトキ其犯人ヲ探索逮捕スルハ司法警察ノ職務トス之ヲ行政警察ノ官ニ於(おい)テ行フトキハ検事章程並司法警察規則ニ照スヘシ」(第1章第4条)と規定していた。学説上は、この司法警察の作用は、「純然たる刑罰権の作用で、性質上司法に属し行政に属するものではない」(美濃部(みのべ)達吉『警察法概論三』)とする説が通説であったが、他方、司法警察の作用そのものは、「刑罰法を宣言するの作用ではないから、司法警察は司法作用其のものではない」し、また、それは、立法作用でもないから、「司法作用でもなく、立法作用でもないとせば、行政作用であるの外はない」(佐々木惣一(そういち)『警察法概論』)とする説も、少数説として対立していた。
[関根謙一]
新憲法下における英米型の権力分立制度においては、「犯罪の捜査、被疑者の逮捕」の作用は行政権に属するものとされ、この作用は、第一次的に、警察法に規定する警察機関が担当することとされた(警察法2条、刑事訴訟法189条)。その結果、現行法制下においては、「司法警察」の概念は法制上消滅することになったが、明治憲法下においてこの概念の下に司法権に属するとされていた「犯罪の捜査、被疑者の逮捕」の作用は、新憲法下の法制においては、「公共の安全と秩序の維持」を目的とする「警察」の概念の下に包摂されている(警察法2条)。
[関根謙一]
「司法警察」の概念が存在しなくなった現行憲法下の法制においても、「司法警察職員」の語は使用されている。明治憲法下においては、犯罪捜査の事務が司法権に属させられていたので、犯罪捜査の主体は「検察官」であって、庁府県の警察官等は、「司法警察職員」として、検察官の指揮を受けて犯罪の捜査を補助する地位を有するにすぎなかった。旧刑事訴訟法は、「検察官犯罪アリト思料スルトキハ犯人及証拠ヲ捜査スヘシ」「左ニ掲クル者ハ検察官ノ輔佐トシテ其ノ指揮ヲ受ケ司法警察職員トシテ犯罪ヲ捜査スヘシ 一 庁府県ノ警察官」と規定していた。
新憲法下においては、犯罪捜査の事務は行政権に属させられるとともに、行政機関の職員たる警察官を「司法警察職員」として職務を行うべき者としたうえで、「司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする」(刑事訴訟法189条)と規定して、「司法警察職員」を犯罪捜査の主体としている。ちなみに、警察官は、すべての犯罪につき司法警察職員としての地位を有しているが、そのほかに、特別の事項についてのみ司法警察職員としての職務を行う海上保安官、刑務職員等の特別警察職員が存在する。
[関根謙一]
刑事に関する警察の活動のうち,犯罪が行われた場合に犯人や証拠を捜査し,被疑者を逮捕するなど,刑事司法作用に関係して警察の責務とされるものをいう。犯罪の予防,交通の取締り,その他国民の生命,身体,財産の保護および公共の安全と秩序の維持を目的としてなされる〈行政警察〉に対応する観念である(警察法2条1項)。〈司法〉の語を冠しているが,むろんそれ自体が司法権の内容をなすものではなく,性質上は行政作用に属する。司法警察ということばはフランス法に由来し,ポリス・ジュディシエールpolice judiciaireの訳語である。イギリス,アメリカやドイツにはこれにあたる観念はない(イタリアにはある)。日本では,明治初年から認められ(1874年の検事職制章程・司法警察規則,75年の行政警察規則等),とくに行政警察規則は,〈行政警察予防ノ力及ハスシテ法律ニ背ク者アル時其犯人ヲ探索逮捕スルハ司法警察ノ職務トス〉と規定して,両警察作用の関係を明らかにした。この場合,司法警察が司法権に従属する作用であることから,〈警察〉,すなわち行政警察の機関が便宜上同時に司法警察の機関としてこれに当たると考えることができる。刑事訴訟法が,刑事訴訟法上の機関として活動する場合の警察官を〈司法警察職員〉と称しているのは(刑事訴訟法189条1項),このような伝統的思考に立脚したものである。しかし,現行の警察法は,行政警察・司法警察の区別を用いず,両者を一括して警察の責務としている。
→警察
執筆者:酒巻 匡
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…その例として,プロイセン一般ラント法の第2章17節10条が〈公の静穏,安全および秩序を維持し,かつ公共体またはその成員に対して生ずる危険を除去するために必要な措置をとることが警察の責務である〉と規定し,フランスの軽罪処罰法16条が,〈警察は,公の秩序,自由,財産および個人の安全を維持するために設けられる〉と規定していることがあげられる。 これに対して,イギリス,アメリカでは,警察は,もともと刑事犯=市民的法益侵害を除去するための司法警察が重要視されてきた。イギリス,アメリカでは,警察は,市民の自由や権利を守るための裁量権限のない権力作用として理解されてきたといえる。…
…74年1月警察行政は司法省から内務省に移管され,東京府下の警察を管轄する東京警視庁が創設された。これにともなって警察概念も行政警察と司法警察の二つに区別され,〈人民ノ凶害ヲ予防シ世ノ安寧ヲ保全スル〉行政警察が警察活動の中心にすえられた。創設当初の定員は6000人,その90%以上が士族で,とくに鹿児島県出身者の比重が高かった。…
※「司法警察」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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