日本大百科全書(ニッポニカ) 「教育財政」の意味・わかりやすい解説
教育財政
きょういくざいせい
国および地方公共団体が広義の教育行政、すなわち公教育の運営に必要な資金(教育公費)を取得・管理・支出する一連の活動の総体をさしていう。教育財政を通して確保される教育公費の水準が教育行政の質を規定するものである以上、国民の教育を受ける権利の実質的保障という課題にとって、重要な役割を担っている。
[松井一麿]
制度類型
この機能の制度構造については、専門的機関として設置される教育行政機関の位置づけによって、独立型、統合型、折衷型の3類型がある。
「独立型」は、教育経費に公費が導入され始めた時期に認められる歴史的原型であって、教育行政機関が教育税、学校税などの賦課その他の方法で資金を獲得し、自ら必要と認めた使途にそれを充当する。ここでは量出制入原則に基づく強制獲得経済という古典的な財政概念要素は満足されているが、その後の近代国家の展開に随伴する行政の多様化複雑化に相応できず、行政諸分野の所要経費を統合的に支配する財政一元化の趨勢(すうせい)のなかで、一般財政システムに改組吸収されていく。
「統合型」は、一般財政の一部分あるいは一分野として機能する形式で、教育行政機関は他の行政機関と原理的には等置され、財源形成権能はなく、したがって所要経費の配分は受けるが、配分のプロセスにかかわる権能も小さい。アメリカの学区制度下の事例を除けば、教育財政は現在この型となっている。
「折衷型」は、徴税権がなく、一般財政から資金配分を受けるという点では統合型と同じであるが、教育行政を他の行政と異なる特殊性格でとらえることを前提として、資金配分過程での教育行政機関の権能を強化した点に特色をもつ。日本の旧教育委員会法の制度構造がその事例で、地方公共団体の長(首長)の予算調製権を基盤としながら、教育関係予算原案提出権(同法56条)、二重原案提出権(58条)、教育関係予算執行権(60条)などを教育行政機関に与えることによって、財政面における相対的独立を企図したのであった。
[松井一麿]
現行制度
1956年(昭和31)以降日本の教育財政は統合型をとっており、教育財政制度は教育行政機関より一般行政機関とくに首長の権限にかかわって組み立てられている。また財源構造では設置者負担主義の例外としての特定財源に関する国と地方の関係が実質的意味をもってくる。この横の関係(首長と教育行政機関)と縦の関係(国と地方)の二つの座標軸に沿って、基本的に日本の教育財政が機能している。
しかし、近年の変化は著しい。20世紀末に始まり、今日なお続いている「国と地方の関係に関わる行財政改革」の趨勢は、(1)地方の重視(地方団体への権限と財源の委譲)と、(2)市町村合併の進行(1999年時の3232団体から2010年末見込の1751団体への激減)により、教育財政の実態に大きなさま変わりをもたらしている。地方団体にとって特定財源となる各種国庫補助金が廃止もしくは削減され、その分が一般財源である地方交付税交付金に切り替えられる。このことは教育行政機関にとって、従来以上に首長との関係が重視されることとなる。
[松井一麿]
横の関係
歳入歳出のすべてを編入する予算制度のもとでは、教育公費は歳出予算に計上された教育関係費にほかならない。教育公費の決定過程を地方公共団体についてみると、(1)教育委員会の概算要求、(2)これに対する首長の査定、(3)査定に関する教育委員会意見の聴取、(4)首長の予算案調製、(5)議会への予算案送付および審議、(6)議会の議決による成立という行程となる。このうち(3)は(4)の前提として不可欠とされるが、教育委員会の意見に拘束力が認められていないため、教育財政に関する権限は実質上首長の手に握られている。
[松井一麿]
縦の関係
地方公共団体の行政に要する経費は、当該団体が全額負担する(地方財政法9条)のが原則であるが、地方交付税交付金制度および国庫補助金制度によって国の資金が地方に与えられる。地方公共団体の歳入において前者による資金は一般財源、後者による資金は特定財源となり、いずれも地方公共団体の財政力の弱体性をカバーする財源保障措置であって、教育公費の形成にも重要な機能を果たしている。法律補助、予算補助両様の形式で行われる国庫補助制度が、補助事業の決定行程を通して中央の地方支配を可能にする性格を備えている点が問題とされ、地方交付税交付金に置き換えられてきているのであるが、教育水準の維持を図る教育行政機関にとって、教育財政資金の調達のため、首長との一層緊密な関係構築が求められる。
[松井一麿]