最新 心理学事典 「文章理解」の解説
ぶんしょうりかい
文章理解
text comprehension
【談話処理】 文sentenceや発話utteranceが複数連なったものを談話discourse(ディスコース)あるいは文章とよぶ。談話処理においては,まず,談話の言語的つながりが見いだされなければならない。この言語的つながりのことを結束性cohesionという。たとえば「太郎は花子にケーキをあげた。花子は喜んだ」という談話において,二つの文はいずれも花子について言及している。「花子」によって結束性が保たれている。同一の対象が異なる言語表現で言及される場合も少なくない。たとえば,先行文において言及された事物が後続文においては代名詞で表現される場合(先の例で第2文が「彼女は喜んだ」となる場合)がそれに当たる。そのような場合,結束性を見いだすために,代名詞によって指示される対象を同定する処理が必要になる。そのような処理のことを照応処理anaphora processingあるいは照応解決anaphora resolutionとよぶ。一方,談話がどのような意味的まとまりを有しているのかをとらえるには,個々の文(あるいは命題)同士の意味的なつながりが重要となる。こうした意味的つながりのことを一貫性coherenceとよぶ。たとえば「太郎は花子にケーキをあげた。花子は悲しんだ」という談話は,結束性はあるものの一貫性があるとはいいがたい。二つの情報がどうつながるのかが理解できないからである。そのような場合,一貫性を見いだすために実際には明示されていない情報を推論によって補うことが必要になる。前述の例で,ケーキをもらって花子が悲しんだ理由を推論できれば(「花子はケーキが嫌いだった」とか「ダイエットをしていた」など),談話の一貫性を見いだすことが可能となる。
談話処理においては多種多様な推論inferenceが生成されうるが,そのなかで談話の一貫性にかかわってくるのが橋渡し推論bridging inferenceである。橋渡し推論は,現在処理中の文(命題)をすでに処理済みの文(命題群)に関係づけるために生成される推論である。一方,一貫性の確立に直接は関係しないが,談話で描写される状況により詳細な情報を付加するための推論は精緻化推論elaborative inferenceとよばれる。一般に,橋渡し推論は談話処理中にオンラインで生じるが,精緻化推論の多くは必ずしもオンラインで生じているとは限らず,その生起は談話理解者の理解目的によって変化する。
人間の情報処理において文脈contextが及ぼす影響は大きい。このことは談話の処理でも同様である。談話処理における文脈とは,それまで処理された言語情報すなわち談話の流れということになる。読み手や聞き手はそうした情報に基づいて後続の談話の処理を行なう。また,談話を処理する前に提示される表題や挿絵なども文脈の役割を果たす。ブランスフォードBransford,J.D.とジョンソンJohnson,M.K.(1973)は,表題や挿絵の有無によって談話理解が成立する場合とそうでない場合があることや,同じ談話を理解する際に異なる表題によって理解内容が変化することを明らかにしている。
談話処理の過程では,読み手や聞き手の既有知識が重要な役割を果たす。談話処理に関与する知識は大別すると言語知識linguistic knowledgeと世界知識world knowledgeに分けられる。言語知識とは,当該言語における語彙,文法などに関する知識である。日本語の談話を理解するためには,日本語の語彙知識や文法知識が必要であることは明らかである。一方,世界知識とは,特定の言語に依存しないこの世の中のさまざまな事柄に関する一般知識のことである。先に挙げた例では,「ケーキはおいしい」とか「ケーキをもらった人は喜ぶ」のような世界知識が使用されて,談話の理解が達成される。
談話処理における知識の役割を説明するためにしばしば用いられる概念がスキーマschemaである。スキーマは,われわれが有する知識の中でも,特定の事象に関する個別知識ではなく,一般化され抽象化された枠組み的な知識のことである。談話処理においてはさまざまなタイプのスキーマが駆動され,処理が進行する。事物に関するスキーマ,行為や出来事に関するスキーマ,さらには談話構造に関するスキーマも使用されるであろう。談話構造に関するスキーマの例として,物語文法story grammarを挙げることができる。物語文法は,ルメルハートRumelhart,D.E.(1975)やソーンダイクThorndyke,P.W.(1977)などによって提案された,物語の構造に関するスキーマである。研究者によって提案している内容は少しずつ異なるが,文に文法的な規則があるように,物語にもそれを構成する規則のようなものがあり,読み手や聞き手はその規則に基づいて物語全体を体制化し理解すると考えたのである。
【文章記憶】 談話処理の結果として,読み手や聞き手の心内にはどのような記憶表象memory representationが構築されるのであろうか。バン・ダイクvan Dijk,T.A.とキンチュKintsch,W.(1983)は,文章の記憶表象として,三つのレベルの表象の存在を仮定している。
第1は,表層的表象surface representationであり,実際に使用された語句そのものの記憶である。文章を読んだ後に,文章内で使用された語句が妙に記憶に残ってしまうことがあるだろう。それは,文章の意味の記憶とは異なる,まさに表層的な言語表現の記憶である。場合によっては,意味が理解できなくとも文章表現そのものを丸暗記することさえ可能である。
第2は,命題的表象propositional representationであり,文章で示された意味の表象である。テキストベースともよばれる。このレベルの表象は,個々の命題同士の局所的一貫性に基づくミクロ構造microstructureと,談話全体に及ぶ大局的一貫性にかかわるマクロ構造macrostructureに分けられる。マクロ構造はミクロ構造を基に構築され,ミクロ構造から抽出される高次の命題を含んだ階層的な構造を有する。マクロ構造は文章全体の要旨に相当するものといえる。一般に,要約作業summarizationはマクロ構造の構築を強化すると考えられる。
第3は,文章そのものの意味を超えた,文章によって描写されている状況全体の記憶表象,すなわち状況的表象situational representationである。この表象は状況モデルsituation modelとよばれている。状況モデルは,読み手や聞き手の既有知識によって多くの情報が補われた豊かな表象である。状況モデルには文章で描写されている人物,物体,場所,出来事などの要素が含まれており,文章を読んだり聞いたりしている最中に,これらの要素が更新されていくと考えられている。なお,ツワーンZwaan,R.A.(2004)は,状況モデルには多くの知覚的あるいは運動的な詳細情報が含まれており,状況モデル構築の際に読み手や聞き手は心内で知覚的・運動的シミュレーションを行なっているのであると主張している。 →言語情報処理 →スキーマ →談話 →文理解
〔邑本 俊亮〕
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