19世紀末から20世紀前半において、ディルタイの著作『若きヘーゲル』(1905)やウィンデルバントの講演「ヘーゲル主義の復興」(1910)の影響を受けて、ヘーゲルの学説とその精神に近づこうとした一群の欧米の哲学者をさす。
[加藤尚武]
ヘーゲル死後、ドイツの哲学界にはフォイエルバハ、マルクス等、唯物論・実証主義の傾向が盛んになり、ヘーゲルの哲学は「観念論だ」と批判された。また、唯物論への批判を携えて登場した新カント学派からも時代遅れの「形而上(けいじじょう)学だ」と批判された。これらに対して、なんらかの意味で世界を精神的存在とみなし、最高統一者としての精神を主題とする哲学者が、ヘーゲルに注目し始めた。
ドイツでは、エーレンベルク、ラッソン、グロックナーらがヘーゲルの文献の編集・刊行に従事し、全集の再刊(グロックナー)・新編集(ラッソン)が行われた。またクローナーは「新ヘーゲル学派」の立場を明確に説いた。イタリアでは、ジェンティーレ(「思考は純粋行為である」)、クローチェ(「精神活動は芸術、論理、経済、倫理の4分野からなる」)がマルクス主義を研究する一方、ヘーゲルに依拠しながら「世界を人間精神の活動としてとらえる」という立場から、ヘーゲル哲学の「改革」を企てた。イギリスでは、グリーン(「実在は関係である」)、ブラッドリー(「普遍命題は仮言命題である」)、ボーズンキット(「真理は全体であり、その全体把握が論理である」)、マクタガード(「現実の本体は個人の心とその内容である」)らが、その伝統的な経験主義・個人主義に対して大きな波紋を投げ与えた。
[加藤尚武]
新ヘーゲル主義の位置づけは、ヘーゲル死後100年祭に企画された第1回ヘーゲル学会(1931)のクローナーによる開会演説にみてとれる。彼は、ヘーゲル哲学に反対する諸学派、批判主義・現象学・実存哲学が相互に抗争しあうのは、それらがいずれも一面的であって、補足しあって全体となるべきことを自覚しないからである。合理主義からの脱出を望む諸学派は、ヘーゲルのうちに互いに「媒介」され、融和されるであろう、という。
イタリアの新ヘーゲル学派の企てた「ヘーゲル弁証法の改革」(ジェンティーレの著作名)は、次のようなものであった。在来の哲学はいずれも、主観に対して客観としての自然が前提されるという点で超越的であった。カントとともに内在主義が始まるが、ヘーゲルにおいてすら「思惟(しい)するものの弁証法」を目ざしながら、その実は「思惟されたものの弁証法」にとどまっている。「思惟しつつある実在、行動としての思惟」をよりどころに、ヘーゲル哲学を改革しなくてはならない。
ブラッドリーは、新ヘーゲル主義の立場で独自の思弁的形而上学の体系を構想した。われわれは全体者(社会共同体)を自己自身のうちに実現することによって、無限な全体者の自覚的成員として、自己を実現しようとする。これが道徳の目的であり、道徳の完成は宗教である。宗教も、矛盾・不調和を含む「現象」であり、これに対して「実在」が無矛盾的・統一的・全体的「絶対者」である。現象と実在は相互に連関しあっている。
[加藤尚武]
新ヘーゲル学派はナチズム台頭とともに影響力を失っていった。クローナーの試みた非合理主義の体系化は、生の哲学や実存主義の哲学者たちが非合理と体系との乖離(かいり)を鋭く暴いたことによって行き詰まった。ジェンティーレ(ファシズムに加担)、クローチェ(ファシズムに抵抗)の企てた改革は、むしろ彼らと反対にマルクス主義の方向へと引き継がれ、ブラッドリーの精緻(せいち)な思弁は、ラッセルら分析哲学者の輩出を促し、彼らによって批判された。
[加藤尚武]
『レヴィット著、柴田治三郎訳『ヘーゲルからニーチェへ』(1952・岩波書店)』▽『フェッチャー著、座小田豊・加藤尚武訳『ヘーゲル』(1978・理想社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
ヘーゲルの死後,ヘーゲル学派は左派,右派,中央派に分裂したが,それらの影響は1848年から70年にかけて,ほとんど失われた。しかし世紀末から再び生まれてきた〈精神〉を重視する立場が強くヘーゲルの影響を受けていたために〈新ヘーゲル学派〉と総称され,ファシズム期の終りまで影響を残した。イギリスのT.H.グリーン,F.H.ブラッドリーは,ヘーゲル以上に〈精神〉を超越的なものと解していたために,G.E.ムーアの経験主義の反発を招き,B.A.W.ラッセルの経験主義的原子論の成立を促す結果となった。イタリアのクローチェ,ジェンティーレは,ラブリオーラを経由して,人間の能動性の再評価を促して,マルクス主義に影響を与えた。ドイツでは,ラッソン,ヘリングがヘーゲルのテキストのより厳密な校訂と,綿密な解釈法を示して,ヘーゲル学を実証主義の軌道に乗せた。なお,ヘーゲルから部分的影響を受けたディルタイを新ヘーゲル学派に入れる場合もある。
→ヘーゲル学派
執筆者:加藤 尚武
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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