アドラーとユングはフロイトの性的衝動(リビドー)の考え方を批判してフロイトから離反し、第一次世界大戦前ごろからそれぞれ新しい個人心理学、分析的心理学を樹立するが、とくにアドラーの流れに沿った精神分析学派に属する人たちを新フロイト派とよぶ。その代表的な人はホーナイ、フロム、サリバン、ハンガリーのラドSándor Radó(1890―1972)、ドイツのシュルツヘンケHarald Schultz-Hencke(1892―1953)などである。その人たちの著作は専門的というより一般読者を対象としているところから広く流布している。
新フロイト派の一般的特徴は、リビドーを生物的、性的に考えることを拒否し、むしろ社会、文化の影響力を重視し、社会構造、対人関係から文化的に規定された行動様式を記述しようとするところにある。そのため人格の発達的考え方(口唇期、肛門(こうもん)期、男根期など)や構造的な考え方(エス、自我、超自我)よりも社会的態度が強調される。無意識過程の意義がほとんど考えられない場合もある。患者が現に生きている社会・文化を重視し、それを比較文化論的に考察するので、文化学派ともよばれる。
[外林大作・川幡政道]
『ホーナイ著、我妻洋他編、安田一郎訳『精神分析の新しい道』(『ホーナイ全集3』1972・誠信書房)』▽『エーリッヒ・フロム著、外林大作訳『夢の精神分析――忘れられた言語』改訂新版(1985・東京創元社)』▽『ハリー・スタック・サリヴァン著、中井久夫他訳『分裂病は人間的過程である』(1995・みすず書房)』
1934年ころから第2次大戦後にかけて,アメリカ,ニューヨーク精神分析研究所のK.ホーナイを中心に興った,新しい精神分析学の一派。文化学派,フロイト左派と呼ばれることもある。従来の正統精神分析学が,生物学主義に立脚してリビドー仮説を重視したのに対して,この派の人たちは,人間をとりまく環境や文化的条件をより重視し,神経症の原因のみならず,精神分析的諸概念をも,比較文化論的,社会学的,人間関係論的見地から,批判的に検討し直した。すなわち,S.フロイトは神経症の根底に人類に普遍的な生物学的条件が存在すると考えたが,ホーナイらは,神経症は患者の生きている〈特定の文化のもつ諸条件〉によって引き起こされると主張する。また,フロイトによればエディプス・コンプレクスは人類に共通の無意識的観念複合体であるが,この派の人たちは,比較人類学的研究を通して,これが父権社会の家族成員の間に限って認められるコンプレクスにすぎないことを主張した。また,女性心理の根底をなすとされる去勢コンプレクスとペニス羨望についても,男性優位の社会の心理的産物にすぎないという批判を加えた。つまりこれらの概念は,女性が男性よりも劣った存在であるとする,ビクトリア朝時代の社会風潮を前提として,初めて成立するというのである。性格形成についても,正統派ではリビドーの抑圧や反動形成や昇華を重視するのに対して,社会的関係や人間関係の関与をより重視し,人間のもつ潜在的可能性が,時として文化のもつ破壊的な影響によって,いかに阻害される場合が多いかを示した。治療においても,この派の人々は,患者の現在の直接的な分析状況や,分析家と患者の相互作用を重視し,治療対象は神経症者から統合失調症患者にまで拡大されるに至った。この派に属する人々には,H.S.サリバン,G.シルバーバーグ,C.トンプソン,E.フロム,F.フロム・ライヒマンらがいる。
執筆者:馬場 謙一
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…1930年代以降は,実験的手法を用いての社会行動や集団内行動の心理的諸過程の研究がすすめられ,シェリフM.Scherifの社会的知覚,J.L.モレノのソシオメトリー,のちのグループ・ダイナミクスにつながるK.レウィンの集団行動の研究などが新生面をひらく。また,S.フロイトおよび新フロイト派の深層心理学が導入され,偏見,権威主義的性格,社会運動などの研究に適用されて成果をあげたことも特筆される。
[研究の動向]
第2次大戦後から今日にかけては社会心理学の研究はいちじるしく拡大され,豊富化し,方法的にも厳密化と多様化が進んでいる。…
…この系譜に属するE.H.エリクソンの自我の心理的‐社会的発達理論,すなわちアイデンティティ形成理論は,臨床的にも社会学的にもきわめて有用な概念である。いわゆる新フロイト派は,アメリカにおける正統精神分析学派に対する批判者の一群であるが,フロイトの生物学主義的な本能論と決別し,パーソナリティの形成や神経症の発生に関し,文化的・社会的要因を強調する点で共通する。この派に入れられる最大の人物はH.S.サリバンであった。…
※「新フロイト派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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