日向系神話(読み)ひゅうがけいしんわ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「日向系神話」の意味・わかりやすい解説

日向系神話(ひゅうがけいしんわ)
ひゅうがけいしんわ

天孫瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の降臨以後、その御子(みこ)の彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)、孫の鵜葺草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)の三代にわたり、日向(ひむか)の地と海神国を舞台として展開される神話。瓊瓊杵尊の聖婚火中出産、海幸(うみさち)・山幸(やまさち)、豊玉姫(とよたまひめ)の出産、鵜葺草葺不合尊の五群からなるこの神話は、高天原(たかまがはら)の神話と初代天皇神武(じんむ)の人代とを結ぶ位置にあり、太陽神・穀母神の天照大神(あまてらすおおみかみ)の裔(えい)である天神御子(あまつかみのみこ)が、いかにして現人神(あらひとがみ)なる支配者となるかの経緯を語る。

 瓊瓊杵尊の御子として生誕する彦火火出見の名は、神武天皇の諱(ただのみな)(御実名)としてもあり、したがって神話の古い形は、穀霊として降臨した瓊瓊杵尊が聖婚し、その御子が初代天皇となる構想であった可能性がある。それが、瓊瓊杵尊以下日向三代を経て初代天皇の即位となる形に改められたのには、それだけの理由があったはずである。まず瓊瓊杵尊が山の神の娘の木花開耶姫(このはなさくやひめ)と結婚する神話は、山の神が磐長姫(いわながひめ)と木花開耶姫の2人の娘を妻に送ったにもかかわらず、瓊瓊杵尊が醜い磐長姫のほうを送り返したため、磐のような永遠の生命を得ることができなかったと語る。これは、人間の死の起源を説く神話を利用して、さらに現人神である天皇がなぜ死ぬのかを説明するとともに、天神御子が母を通して山の呪力(じゅりょく)の持ち主となることを語る。また聖婚の条にこの神話を挿入し、次の展開へと連続させる方法は、木花開耶姫と鹿葦津姫(かしつひめ)(吾田津姫(あたつひめ))とを亦名(またのな)で一体化することで処置している。懐妊した御子の父を疑われた鹿葦津姫が火中で出産する神話は、本来海幸彦となるべき御子の生誕を語るものであったが、ここでは日の御子は火によっても犯しえないことを強調する。この火中出産で生まれた御子はすべて海幸彦となるべき存在であるが、そこに前の話からの連続上、山幸彦として単独に、または火折尊(ほおりのみこと)に重ねて彦火火出見尊を兄弟に加え次の海幸・山幸の神話への発端としたのは、記紀神話の構想による改訂であった。この改訂によって、本来は魚族の国に赴いて海幸を得るという海幸彦成立の神話であった伝承が、多くの変化を余儀なくされた。ひとことでいえば、山幸彦(天神御子)を主人公とする天皇神話への変質であり、その成果は、海幸彦の服従を通しての隼人(はやと)の服従と奉仕、さらに天神御子と海神の娘の豊玉姫との結婚であった。これに続く豊玉姫出産の神話は、海神の娘の子として生まれた鵜葺草葺不合尊が海(水)の呪力を得たことを語っており、記紀神話は、この聖なる呪力をもつ御子の生誕を、始祖誕生をもつ異類女房譚(たん)を利用して語ったのであった。最後の鵜葺草葺不合尊が叔母の玉依姫(たまよりひめ)に養育されて叔母と結婚する話は、天武(てんむ)朝以後に顕在化する同母系の異世代婚を含み、天武朝以後に増補された初代天皇へのつなぎの部分であったと考えられる。

 以上のように、日向系神話は本来別々の神話を巧みに統合して合目的的に展開されたもので、皇祖神の天照大神の裔であり、現人神である天皇の死すべきゆえん、ならびに天神御子が山と海との呪力をあわせもって、より強力な呪的支配者となることを語るとともに、記紀成立時の大きな政治的問題であった隼人の服従と奉仕の基盤について語ることをねらいとするものであった。したがって、すべての神話群が日向を本来の伝承地として語られていたのではない。日向は太陽に向かう聖地としての観念に始まるもので、それが海幸彦神話を保有していた隼人の在住地に結合して、初めて日向なる特定地に定着したものと考えられる。

[吉井 巖]

『吉井巖著『火中出産ならびに海幸山幸説話の天皇神話への吸収について』(『天皇の系譜と神話 一』所収・1967・塙書房)』


日向系神話(ひむかけいしんわ)
ひむかけいしんわ

日向系神話

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