日本学士院(読み)にほんがくしいん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

日本学士院
にほんがくしいん

学術上の功績が顕著な学者の名誉をたたえ,優遇する機関。 1879年の東京学士院の創設に端を発し,1906年には帝国学士院となり,47年に日本学士院に改組された。今日では文部科学省に所属している。 150人の会員はすべて終身会員で,年金が支給される。欠員と外国人の客員会員は総会で選出される。毎年すぐれた業績に対して日本学士院賞を贈っているが,特にすぐれたものに対しては恩賜賞が贈られる。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディアの解説

日本学士院【にほんがくしいん】

学士院と通称。学術上の功績顕著な学者を優遇するための栄誉機関。起源は1879年創設の東京学士会院で,1906年帝国学士院と改称,1947年現名に改称。1949年以後日本学術会議に付置,1956年日本学士院法制定により分離。人文・社会科学,自然科学の2部門に分かれ,定員数150人。会員は部会の推薦に基づいて総会で決定。終身制で,年金を受けることができる。
→関連項目有沢広巳弥永昌吉南原繁日本学士院賞福田歓一和達清夫

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

にほんがくしいん【日本学士院】

学術研究において顕著な功績をあげた学者を顕彰,優遇するための機関。対外表記はJapan Academy。会員は終身で年金を授与される。定員は第1部(人文・社会科学)70名,第2部(自然科学)80名,計150名である。 学士院の淵源は1879年,文部省によって設立された東京学士会院にさかのぼる。当時,明治政府は近代国家建設に向けて,西洋諸国の諸制度を学び,その導入につとめていた。そのような作業の中で,諸外国にはその国を代表する学者,科学者から成る機関が存在していること,したがって日本にもこれに対応する組織の必要性が指摘されるにいたった。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

にほんがくしいん【日本学士院】

学術上の功績の大きい学者を優遇する栄誉機関。1947年(昭和22)帝国学士院を改称。第一部(人文科学)と第二部(自然科学)に分かれる。文部科学省所管。会員は終身制で、定員一五〇名。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

日本学士院
にっぽんがくしいん

学術上、功績顕著な科学者を顕彰するために文部科学省に設置された機関。学術の発展に寄与するための必要な事業を行うことを目的としている。前身は、1879年(明治12)に福沢諭吉(ゆきち)を初代会長として創設された「東京学士会院」で、1906年(明治39)に帝国学士院と改称される。1947年(昭和22)日本学士院と改称。1949年に日本学術会議の付置機関となるが、1956年に分離・独立し、現在に至っている。東京学士会院設立時の会員の定員は40人。1949年の日本学術会議への吸収時以降は、学術的な業績をもとに選定された定員150人の会員により組織されている。本部は、東京都台東(たいとう)区上野公園にある。
 おもな事業としては、恩賜賞、日本学士院賞、日本学士院エジンバラ公賞ならびに日本学士院学術奨励賞の授賞や、紀要の編集および発行、公開講演会の開催、外国アカデミーとの交流などがある。また、国際事業としては、世界58か国の学士院の集まりである「国際学士院連合」に1919年(大正8)に加盟しているほか、海外アカデミーとの交流協定の締結など、学術の国際交流の進展に努めている。
 会長・院長には、思想家・教育者の西周(にしあまね)(2代、4代)、日本初の法学者の一人である穂積陳重(ほづみのぶしげ)(10代)、物理学者で初の文化勲章受章者である長岡半太郎(ながおかはんたろう)(13代)など、日本を代表する研究者が名を連ねている。[佐滝剛弘]
『文部省編『学制百年史』(1972・ぎょうせい) ▽日本学士院編・刊『日本学士院八十年史』全5冊(1961~1963)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

トランスジェンダー

性別違和をもつ人々の総称。性別違和とは,体の性的特徴,出生時の体に基づいて判別された性別や,その役割に課される性役割,性別表現など,すなわちジェンダーへの違和感である。トランスジェンダーには,他方の性...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

日本学士院の関連情報