コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

日本誌 にほんし Geschichte und Beschreibung von Japan

1件 の用語解説(日本誌の意味・用語解説を検索)

世界大百科事典 第2版の解説

にほんし【日本誌 Geschichte und Beschreibung von Japan】

ケンペル著の日本風物誌。ドイツ語の原著は英訳本(1727)の50年後に出版。1690年(元禄3)9月来日のオランダ商館ドイツ人医師ケンペルは,92年10月離日までの間に商館長の参府に従って2回江戸に上った。多方面の知識と教養と犀利な観察眼によって,日本の社会,風俗,政治,経済,宗教,歴史から動植物に至るまで観察記述し,みずから挿図の下絵を描いてまとめた。それまでほとんど想像の世界として描かれていた日本を,はじめて正確に記述してヨーロッパの読書界に紹介した書。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の日本誌の言及

【鎖国】より

…それは,江戸幕府が内外の情勢に対応して集権的な権力を確立する過程の一環として打ち出されたもので,日本列島が当時の世界交通の辺境である東北アジアにあり,大陸と海で隔てられているという地理的条件と,季節風と海流を利用した帆船の技術的条件によって,長期にわたる状態の固定が外部から支えられた。 〈鎖国〉の語は,1801年(享和1)長崎の通詞で著名な蘭学者でもあった志筑忠雄がケンペルの《日本誌》の一章を翻訳し〈鎖国論〉と題したときに始まる。ケンペルは鎖国状態のもたらす効用を肯定的に記述したのであったが,英訳からの重訳であるオランダ語版は,その是非を問う表題になっていた。…

【志筑忠雄】より

…またオランダ語の文法を明らかにした《和蘭詞品考》は,1814年(文化11)門人馬場佐十郎が《訂正蘭語九品集》として出版,蘭語研究に画期的な貢献をした。ケンペルの《日本誌》から鎖国の可否を論じた章を訳注した《鎖国論》(1801成立)も注目される。【有坂 隆道】。…

【日本研究】より

…鎖国後もイエズス会の日本研究は続けられ,カナダ布教をし《トレブー百科事典》の編集に22年も従事したフランス人シャルルボアPierre François Xavier de Charlevoix(1682‐1761)は,《日本切支丹史》3巻(1715)で広く影響を与えたが,現地で資料を使えるのは平戸,長崎のオランダ商館に居住を許される者のみになった。約20年間在日したF.カロンは《日本大王国志》(1648)をオランダ語で書き,1690年(元禄3)に来日したE.ケンペルは《日本誌》《江戸参府旅行日記》を,1775年(安永4)来日したC.P.ツンベリーは《日本植物誌》《日本紀行》を,1823年(文政6)来日したシーボルトは《日本》を刊行した。カロンはフランス人で,《セビリャの理髪師》《フィガロの結婚》を書いたボーマルシェの大伯父にあたり,ケンペル,シーボルトはドイツ人,ツンベリーはスウェーデン人でリンネの高弟の植物学者である。…

※「日本誌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本誌の関連キーワードグリム舎密開宗ドイツ語サンジョンペルステンペルタットル彗星統一ドイツ日本風ドイ語関口存男藤田五郎(1)

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

日本誌の関連情報