住居の日照(太陽の光)を確保する権利。「日照権」は、高層建築物によって日当りや採光の障害が社会常識上がまんの許容量を超えた場合に、損害賠償・建築工事差止めなどを行う根拠として主張される権利である。高層建築物が建てられる場所(地域性という)や被害の程度によって差止めや損害賠償が決められる。
日照権は、1970年代、都市への人口集中と地価の高騰により、住居の隣に営利を目的としたマンションなどの高層建築物が建てられ、日照妨害・プライバシー侵害などの被害が生じることに対する反発から始まった。当初、それは事業者と近隣住民の話し合いから始まったが、事業者はあくまで建築基準法に違反していない合法建築だとして譲らず、住民も日照を受けるのは基本的人権であると主張し、戦術的にも裁判に訴えたり、自治体に調整を求めるなどエスカレートさせていった。裁判所は住民の訴えを認め、すでに建ってしまったマンションに対しては損害賠償を、工事中の建築物については差止めを命じた。自治体も住民と協議しなければ建築を認めないという宅地開発指導要綱を定めてブレーキをかけようとした。しかし住民はさらに自治体に対し、行政指導というあやふやな規制ではなく、法的拘束力のある「日当り条例」を定めるよう直接請求を行うまでになった。
これを受けて政府は1977年(昭和52)、日照は都市生活のなかでも重要な生活利益であり、「住居系地域」(建築基準法・都市計画法では、住居系、商業系、工業系など12種類の用途地域を定めている)は、日照を確保するため日影を規制する必要があるとして、建築基準法の改正を行った(建築基準法第56条の2日影による中高層の建築物の高さの制限)。具体的にどの地域にどの程度の日影規制を行うかは、自治体が条例で定めている。そのため現在では、事業者が建築をするために必要な建築確認を申請した時点で日影規制基準をクリアしているかどうかを自治体がチェックするようになり、住民は自動的に一定の日照を得られるようになっている。これを公法的基準という。しかしこれで問題がすべて解決したわけではなく、事業者と住民の争いは絶えない。それは、日本では日影規制のない商業、工業系地域にも住宅があり人が住んでいる場合が多く、また日影規制のある住居系地域でも日照の保護が甘く、十分に日照が確保されないといった事情があるからである。そこで住民は公法的基準をクリアした建物についても裁判所に訴えるようになり、裁判所も、被害が大きいと認める場合には、日影規制基準をクリアしていても民法上違法であるとして、損害賠償や差止め請求を認めている。これを私法的基準という。日照権は現在のところ「公法」と「私法」という二重の基準で審査されている。
[五十嵐敬喜]
日照を享受して快適で健康な生活を送る権利。都市への人口集中,地価の高騰は,土地の高度利用,建築物の高層化をもたらし,昭和40年代には,これに伴って生じる日照・通風妨害,電波障害等が,深刻な問題となった。日照は人間が快適で健康な生活を送るために欠くことのできない生活利益であり,他方法令の制限内であれば土地を最大限有効に利用することも所有者に認められた権利である。したがって,日照の確保は,いわば権利対権利の衝突をもたらし,両者の利害をどのように調整するかが問題となった。
日照・通風妨害に対する私法的救済としては,損害賠償請求と工事差止請求(設計変更も含まれる)が認められているが,とくに差止請求は,建築主の利益に及ぼす影響が大きく,また,民法典自体がこのような利益侵害に対する救済手段として差止めを認める根拠を十分に用意しているとはいえないので,当初,差止めの法的根拠をどこに求めるかが問題となり,物権的請求権説,人格権説,不法行為説,環境権説,日照権説などが唱えられた。今日,学説では人格権説が有力であるが,判例は,日照妨害が受忍限度を超えたか否かで判断する事例が多い。受忍限度を定める基準には,被害の程度,当該地域の地域性(住居地域か商業地域か等),法令上の制限,加害者側の態様(交渉の経緯,違法建築か否か等)などがあり,これらの諸要素を比較衡量して受忍限度を超えるか否かが決定される。
また,公法的規制としては,1976年に建築基準法によって,日影規制基準が設定され(56条の2),地域区分に基づいて確保すべき日照時間の選択肢を基準値として示し,この中から,地方自治体がその地方の気候・風土,土地の利用状況等を勘案して,条令でどの選択肢を選ぶかを決定するものとした。これをうけて各地方自治体は,確保すべき日照時間の基準値を設定するとともに,建築主と被害住民の利害調整等についても条例を制定してコントロールしている。
執筆者:織田 博子
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… マンションが大量に建設されだすと,いろいろな問題が生まれてきた。建物の影によって近所の日照をさえぎるといった日照権問題など近隣の環境悪化問題,あるいは,マンションの購入者が当然共用敷地の一部分だと思っていた土地が,別途駐車場として売られていたといった販売をめぐるトラブル,また,〈欠陥マンション〉といった言葉が生まれたように,思わぬところに水漏りがしたり,隣家の音がつつぬけになったり,換気装置が働かないといった住宅性能上の問題などが相次いで現れた。また,外壁の塗装替えや屋上防水層の取替えなど大規模な修繕の実施などが年数を経たマンションで問題となりだし,修繕積立金をどれくらいに設定すべきかなどを含め,建物の維持管理が重大な問題として指摘されることとなった。…
※「日照権」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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