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「日米構造協議」の意味・わかりやすい解説
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日米構造協議
にちべいこうぞうきょうぎ
日米両国次官級の経済協議。SII(structural impediments initiative)とも略す。1985年9月のプラザ合意以降、円高・ドル安の為替調整と、日本側の内需拡大にもかかわらず、アメリカの対日貿易赤字が縮小しないためアメリカ側が提案、89年(平成1)9月に第1回協議を開催。以後2か月に1回開き、1990年6月に最終報告をまとめた。報告では、日本側が1991年から10年間で公共投資を430兆円に拡大するほか、大規模小売店舗法の規制緩和や、系列取り引きの排除などを盛り込んだ。1991年以降もフォローアップ(事後点検)会合を開いたが、クリントン政権はG・H・W・ブッシュ政権時代の日米構造協議のかわりに日米包括経済協議を提案、93年夏以降、協議を行った。
[森山三雄]
その後の日米間の経済協議は、1997年からの日米規制緩和対話、2001年の「成長のための日米経済パートナーシップ」、2002年からの規制改革イニシアティブなどに受け継がれている。
[編集部]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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日米構造協議
にちべいこうぞうきょうぎ
Structual Impediments Initiative; SII
日米両国の対外収支の不均衡是正に向けてマクロ経済の政策協調努力を補完するものとして,日米双方が相手国の構造問題を指摘し合い,みずからが必要と考える構造改革に取組むことを目的にした協議。 1989年7月の日米首脳会談においてブッシュ大統領と宇野宗佑首相によって合意された。 90年7月には (1) 日本側措置として公共投資の拡充,大店法および独禁法の改正策など,(2) 米側措置として財政赤字削減,競争力の強化などを盛込んだ最終報告書が発表された。 91年5月に第1回,92年7月に第2回の追補年次報告書が作成され,最終報告に盛込まれた措置の進展状況に関する再評価が行われた。これに加え第2回年次報告書には,92年1月の日米首脳会談での日米構造協議の再活性化に関する合意をふまえた両国のビジネス環境に対処するための新たな取決めが含まれた。 93年,日米構造協議に代るものとして日米包括経済協議が始った。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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日米構造協議
にちべいこうぞうきょうぎ
日米間の大幅な貿易収支不均衡は,両国の経済構造に起因するという認識から,1989年(平成元)日米首脳の宇野・H. ブッシュ会談で決まった政府間協議。日本側の改善事項としては,(1)公共投資の増額,(2)流通システムの改善,(3)独禁法強化による系列取引の監視,(4)排他的取引慣行の是正などが,アメリカ側の改善事項としては,(1)長期的展望に立った企業経営,(2)個人貯蓄水準の向上などが提案され,相互理解を深める場となった。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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