昆陽池(読み)こやのいけ

精選版 日本国語大辞典 「昆陽池」の意味・読み・例文・類語

こや‐の‐いけ【昆陽池】

兵庫県伊丹市昆陽にある池。奈良時代、僧行基が灌漑(かんがい)を目的として開削。上池、下池などから成り、現在も上池の一部が残っている。

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日本歴史地名大系 「昆陽池」の解説

昆陽池
こやいけ

[現在地名]伊丹市昆陽池三丁目・瑞ヶ池二丁目

伊丹台地を東西に走る陥没帯を利用し、天神てんじん川をおもな水源にして行基が築造したとされる五池の一つ。「行基年譜」と同年譜に引く天平十三年記によると、天平三年(七三一)頃行基は摂津国河辺かわべ郡を訪れ、こや上池・同下池のほか院前いんぜん池・中布施尾なかふせお池・長江池などと陽上溝・同下池溝を山本やまもと里に、陽布施屋を陽里に設けた。これらの施設は南北に分れる同郡条里の中間の無条里地帯に築かれており、為奈いな野の開発を目的とした総合施設であったと考えられる。昆陽池は蓄えた水を南西部に灌漑するだけでなく、北側台地の流水を導き、台地が内水状態となり陥没帯を越えて南部にあふれることを防ぐなど、池の南北の水利の安定をも考慮して造られたとされている(伊丹市史)

江戸期は小屋之池(慶長国絵図、「鴻池新田中野村付近水利絵図」松原家蔵)・崑陽池(「正保国絵図」京都府立総合資料館蔵ほか)・昆陽ノ大池(「池尻村絵図」池尻部落会蔵)・大池(「昆陽村絵図」昆陽農業協同組合蔵)ともよんだ。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「昆陽池」の意味・わかりやすい解説

昆陽池
こやいけ

兵庫県南東部、伊丹市(いたみし)にある溜池(ためいけ)。伊丹台地は断層と旧川筋が刻んだ窪地(くぼち)が多く、そこに数多くの溜池がつくられ、水田が開かれた。その代表が昆陽池で、奈良時代に僧行基(ぎょうき)が崐陽(こや)上池、下池などをつくったという。しかし現在の昆陽池との関係は不明である。池の周囲は約4キロメートルであったが、東部を企業の総合グランドに埋め立てられて狭くなった。松並木池畔のたたずまいは風情がある。

[二木敏篤]

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デジタル大辞泉プラス 「昆陽池」の解説

昆陽池

兵庫県伊丹市にある溜池。「こやいけ」と読む。8世紀前半に僧・行基が築造したものと伝わる歴史ある池で、和歌や俳句にも多く詠まれている。かつては昆陽上池・下池の2つの池があったが下池は慶長年間に埋め立てられた。渡り鳥の飛来地で、給餌池や野鳥観察橋などが設置されている。2010年農水省「ため池百選」に選定された。

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事典・日本の観光資源 「昆陽池」の解説

昆陽池

(兵庫県伊丹市)
関西自然に親しむ風景100選指定の観光名所。

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世界大百科事典(旧版)内の昆陽池の言及

【伊丹[市]】より

…住宅都市化は阪急電鉄の宅地開発が契機となったが,人口が急増するのは昭和30年代に入ってからで,旧市街の西や北の段丘面の開発が急速に進んだ。猪名川西岸の標高30~100m以下の段丘面は,猪名野(稲野)と呼ばれた水田地帯で灌漑用の溜池が多く,最大の昆陽(こや)池は天平年間(729‐749)ごろ僧行基が築造したと伝えられる。豊中市との境にある大阪国際空港(通称,伊丹空港)は,1937年に逓信省の飛行場として建設され,59年に第1種空港に指定,改称された。…

【昆陽野】より

…兵庫県伊丹市北部,旧摂津国武庫郡(後に河辺郡)児屋(小屋)郷あたりの野。《万葉集》に〈猪名野〉として歌われている南東方の為奈郷と同様,猪名川と武庫川にはさまれた平坦な台地上にあるため,灌漑の便少なく,広い原野を残していたが,奈良時代に行基によって昆陽池が造築され,昆陽寺が建立された。また京都と西国を結ぶ大路が東西に横ぎっていたので,平安貴族にも昆陽(小屋)野,昆陽池は歌枕として知られ,平清盛の福原遷都のさい,一時昆陽野に造都の案も出された。…

※「昆陽池」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」