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書簡文学 しょかんぶんがくEpistlegraphy

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

書簡文学
しょかんぶんがく
Epistlegraphy

実務上の目的をもってしたためられた手紙のほかに,書簡形式の文書によって思想や文芸論を開陳したり,さらには書簡様式の詩作や創作を試みるならわしは古今東西に多くの例がみられるが,古代ギリシア・ローマ文学ならびに初期キリスト教文献においては特に重要な一つの分野をなしているといえよう。また有名人の書簡として伝えられるもののなかには真偽の別不明のものも多くその分別の解明や,また明らかに偽作とされるものについてはその成立事情の究明が古典学やキリスト教学の礎を築く学問研究の分野をなしている。古代ギリシアで最古の現存する書簡は前6世紀鉛箔に刻まれた商業用書簡であるが,前5世紀の歴史家のなかにも書簡を資料として引用している例が散見される。しかし最も多く書簡形式を用いているのはプラトン,アリストテレスらの哲学者たちやその後のギリシア・ローマの思想家,修辞学者たちであり,数学,天文学などの自然科学の分野でも手紙の形式で教説を伝えているものが少くない。後期ギリシア文学においてはさらに伝説上の有名人や,市井の軍人,遊女,漁民などの仮構の立場から,文芸的独白を創作しているものが多く知られている。ラテン文学ではキケロの書簡集 37巻を筆頭としてプリニウスの書簡集や,書簡形式のホラチウスの詩集,セネカの随想集など有名なものが多い。キケロの書簡集には日々の心情を吐露した彼自身の手紙約 800通のほかに,同時代のカエサルやアントニウスら著名な政治家たちの手紙も含まれていて資料的価値が高い。また,ラテン文学では,書簡詩の形で創作を試みたオウィディウスの『名婦の書簡』もあり,同じ形式でオウィディウス自身が流刑の地からローマの知人にあてた書簡詩集も残っている。キリスト教文学ではパウロの手紙は教義ならびに新約聖書の成立の解明に重要な役割を果す。また初期教会教父らの教説の多くも書簡形式によって述べられている。紀元前後から4世紀頃にかけて修辞学の立場から書簡文の文体論を試みたものも幾編か知られている。手紙の文体は市井の会話と技巧的美文との中間に位置し,簡明直截であること,過大な表現や複雑な構文,入り組んだ比喩などを避けるべきことなどが説かれている。手紙は書く人自身の魂の似姿である,友情に満ちた会話の半分である,と古代の文人たちは考えた様子である。後代ではボアロー,ボルテール,ポープらの書簡詩が著名。

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世界大百科事典内の書簡文学の言及

【書簡体小説】より

…18世紀に入るとイギリスではS.リチャードソンの《パミラ》(1740),《クラリッサ・ハーロー》(1747‐48),T.G.スモレットの《ハンフリー・クリンカー》(1771),フランスではモンテスキューの《ペルシア人の手紙》(1721),ルソーの《新エロイーズ》(1761),ラクロの《危険な関係》(1782),ドイツではゲーテの《若きウェルターの悩み》(1774)など質・量ともに最盛期を迎え,バルザックの《二人の若妻の手記》(1841‐42),ドストエフスキーの《貧しき人々》(1846)などが流行の終りを飾る19世紀の傑作である。 17世紀後半から18世紀にかけての書簡体小説の出現は,ヨーロッパ諸国で道路網が整備され,郵便馬車による郵便制度が確立されるに伴って,手紙の交換がしだいに人々の日常生活の一部になるという社会的背景を基盤としている点では,セビニェ夫人の《書簡集》に代表される17世紀以降の書簡文学littérature épistolaireの隆盛とも無縁ではない。それまで手紙を書くことをしなかった人々を対象とした模範書簡文集の出版という当初の企画が発展して,あわれな娘パミラの物語がリチャードソンによって創作されたのも,この間の事情を示すエピソードである。…

※「書簡文学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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