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月ヶ瀬 つきがせ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

月ヶ瀬
つきがせ

奈良県北部,奈良市北東部の旧村域。 1968年月瀬村から月ヶ瀬村に名称変更。 2005年奈良市に編入。名張川流域に位置し,沿岸のV字谷の峡谷部に国の名勝月ヶ瀬梅林がある。ウメ栽培は古くから始まり,その実から烏梅 (うばい) と呼ばれる京紅の染料をとるようになり発展,江戸時代末期に斎藤拙堂,頼山陽らによって紹介された。国の重要文化財の菊家家住宅がある。大和高原北東部の台地上には水田および茶畑を主とする耕地が開け,製茶も行なわれる。一部は月ヶ瀬神野山県立自然公園に属する。

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デジタル大辞泉の解説

つきがせ【月ヶ瀬】

奈良県北東端にあった村。名張川の峡谷沿いにある梅林は梅の名所。平成17年(2005)4月に奈良市に編入。

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百科事典マイペディアの解説

月ヶ瀬【つきがせ】

奈良県添上郡月ヶ瀬村(現・奈良市),木津川の支流名張川に沿う地。約6000本の梅樹がある月ヶ瀬梅林(名勝)で知られ,名張川の渓谷も美しい。かつては梅樹から京紅の染料となるウメの実(烏梅(うばい))をとった。

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大辞林 第三版の解説

つきがせ【月ヶ瀬】

奈良県北東端、奈良市の地名。名張川の峡谷部を占め、梅林の名所として知られる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

月ヶ瀬
つきがせ

奈良県北東部、添上(そえかみ)郡にあった旧村名(月ヶ瀬村(むら))。現在は奈良市東部にある地域。旧月ヶ瀬村は、1968年(昭和43)に月瀬(つきせ)村から月ヶ瀬村に改称。2005年(平成17)都祁(つげ)村とともに奈良市に編入。大和(やまと)高原を北西流する木津(きづ)川の上流名張(なばり)川(五月(さつき)川)の峡谷部を占める。中心集落は尾山(おやま)。古くから梅の名所として知られ、江戸時代には斎藤拙堂(せつどう)、頼(らい)山陽ら多くの文人が訪れている。峡谷沿いには約1万本の梅が植えられ、「月瀬(つきがせ)梅林」として1922年(大正11)国の名勝に指定された。大和茶の生産と梅の実加工が盛ん。[菊地一郎]
『『月ヶ瀬村史』(1990・月ヶ瀬村)』

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