有徳銭(読み)ウトクセン

デジタル大辞泉 「有徳銭」の意味・読み・例文・類語

うとく‐せん【有徳銭】

室町時代幕府大名寺院などが諸費用を調達するために、領内富裕な人々に課した臨時税金徳銭

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精選版 日本国語大辞典 「有徳銭」の意味・読み・例文・類語

うとく‐せん【有徳銭】

  1. 〘 名詞 〙 室町時代、幕府、守護、大寺社が近江坂本、奈良などの都市特定の金持ちに負担額を指示して、臨時経費の支弁を求めた臨時の税。のちには幕府、大寺社の主要な財源として恒常化した。うとく。徳銭。有福
    1. [初出の実例]「一為六方奈良中ニ有徳銭懸之」(出典大乗院寺社雑事記‐長祿三年(1459)七月八日)

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改訂新版 世界大百科事典 「有徳銭」の意味・わかりやすい解説

有徳銭 (うとくせん)

有得銭とも書く。あるいは徳銭,徳役,有福ともいう。中世では徳=得であり,有徳人とは富裕な人をいった。その有徳人に賦課した臨時税が,有徳銭である。当初は臨時の借米であったが,のちには課税となり,だんだん恒常的な性格をもってきた。早い例として,鎌倉末期,1304年(嘉元2)東大寺が伊賀国黒田荘に課した有得借米や14年(正和3)やはり同荘に課した有得御幸銭を見ることができる。94年(応永1)将軍足利義満の日吉社参詣に際し,比叡山延暦寺が坂本の富裕の輩に,借用の形で,1200貫を徴したのも,有徳銭といえよう。興福寺が,支配下の有徳人にたびたび賦課したのは,《大乗院寺社雑事記》に散見するところであり,興福寺の恒例,臨時の法会の費用,将軍・公卿の下向費用などにあてている。戦国期になると,興福寺衆徒の賦課は頻度を増し,筒井・越智・古市などの国人層も賦課を行っている。

 室町幕府も,産所経営費用や,元服費用として賦課しており,例えば,1494年(明応3)足利義高元服に際し,徳役として借用銭を,膝下の京都町人にかけている。守護大名の山名,細川,今川の諸氏も領国内の富裕民に課した。もっとも多く課されたのは室町・戦国期であり,商品経済の浸透にともない,新興の商工業者や,土倉・酒屋などの金融業者など,凡下(ぼんげ)身分のものを対象として課税された。段銭棟別(むなべち)銭などとちがって,特定の地域の特定の人間に課されるのを特徴とした。賦課額は富裕度に応じて,上・中・下などの差を設ける場合もあった。文明年間(1469-87)以後には個人あてではなく,郷を単位に賦課したものもある。江戸時代,富裕町人に課した御用金の前身ともいえるものである。
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百科事典マイペディア 「有徳銭」の意味・わかりやすい解説

有徳銭【うとくせん】

鎌倉時代以後,特に室町時代,幕府や畿内の大社寺,守護大名が,都市の土倉(どそう)・酒屋,荘園内の富裕者に課した臨時税。なお富裕者を有徳人といった。

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旺文社日本史事典 三訂版 「有徳銭」の解説

有徳銭
うとくせん

中世,裕福者(有徳者)に課せられた税金
有得銭・徳銭ともいう。鎌倉末期から幕府・大名・寺社が費用調達のため領内の裕福な商工業者に臨時に課した。室町時代の中ごろからしだいに恒久化し,江戸時代の御用金の先駆をなす。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「有徳銭」の意味・わかりやすい解説

有徳銭
うとくせん

鎌倉,室町時代,経済的な富裕者 (有徳者という) に課された税金。特に荘園支配が崩壊しつつあった室町時代に幕府,大名,寺社などの大きな財源となった。最初,臨時課税であったが次第に恒常化した。

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