改訂新版 世界大百科事典 「有機化学分析」の意味・わかりやすい解説
有機化学分析 (ゆうきかがくぶんせき)
organic chemical analysis
狭い意味では有機化合物の構成元素の種類と量を分析する有機元素分析,あるいは有機化合物中の官能基の種類と数を分析する官能基分析をさす。広い意味では構造決定までを含めた,有機化合物に対する分析的な方法のすべてをさす。
元素分析
有機化合物の定量元素分析をはじめて本格的に行ったのはA.L.ラボアジエであった。その後L.J.ゲイ・リュサック,J.J.ベルセリウスの手を経てJ.vonリービヒによって改良され,元素分析は一般に信頼できるものとなった。19世紀末F.プレーグルはリービヒの方法を改良して,それまで数百mg程度を必要とした試料の量をわずか数mgで間に合うように改良した。20世紀の後半には,分析のさい燃焼によって生じる気体(CO2,H2Oなど)を吸収・秤量する従来の方法に代わって,ガスクロマトグラフィーによる定量が一般化し分析を容易にした。
官能基分析
官能基の定量および定性分析は20世紀半ばまではもっぱらその化学反応性を利用し,反応生成物の定量(たとえば,ツェレビチノフの活性水素定量法),結晶性誘導体の秤量(オキシム,セミカルバゾン,フェニルヒドラゾンなど),呈色反応(たとえば,フェノール類と塩化鉄(Ⅲ)との呈色反応)などが用いられてきた。しかし20世紀半ばから種々の分光学的方法がつぎつぎと導入され,官能基分析の様相が一変した。最初に導入された紫外吸収分光法は,多重結合をもつ官能基と他の多重結合との共役の有無や官能基の種類についての手がかりを与えた。不飽和ステロイドケトンの吸収極大位置と構造との関係を示すフィッシャー=ウッドワード則は,その顕著な成功例であった。つづいて導入された赤外吸収分光法は,有機化合物の中にある官能基の種類や数について有用な情報源となった。官能基の特性吸収は官能基の種類によってほぼ一定の波長を示す一方,そのまわりの環境によって系統的に変化する。たとえばアミドの特性吸収の水素結合による変化は,ポリペプチドの構造を解明する有力な手段を与えた。引きつづいて導入された核磁気共鳴(NMR)分光法,とくにプロトンNMRは,化学シフト,スピン結合定数,積分強度の三つのパラメーターを通じて,官能基の種類や数だけでなく,その相互関係についても確実な情報を与えた。質量スペクトルの詳細な分析もまた,新しい構造情報となった。フラグメンテーションのパターンは分子の部分構造に固有であり,構造決定に役立った。このようにして,今日では官能基分析はほとんど分光学的手段で進められており,化学的方法は特定の場合に限って用いられるようになっている。
同定法
上述のような分析法の発展によって,二つの化合物が同一か否かを決める同定法に基本的な変化がもたらされた。分光学的方法以前の同定は混融試験に依存していた。この混融試験は19世紀から20世紀前半の有機化学の発展を支える論理であった。構造未知の化合物が得られたら,それを反応経路が確立している反応だけを用いて,構造既知の化合物に誘導し,別途にすでに確立された方法で合成したその既知化合物(標品)と混融試験を行って両者の同一性を確認した。このまわりくどいが確実な方法によって100万以上の有機化合物の構造が決定されたが,現代的な方法で追試しても誤りはきわめて少ない。しかし分光学的手段が普及すると,同定は混融試験ではなく,スペクトルの比較によって行われるようになった。とくに赤外スペクトルの指紋領域は各化合物に固有であり,同じ意味でNMRスペクトルもまたそうであり,スペクトルの同一性は化合物の同一性に対応した。このことは,同定のための標品は必ずしも必要ではなく,スペクトルデータさえあればよいことを意味する。これは有機化学研究のスピードアップ,国際化・省力化に大きな役割を果たした。
→核磁気共鳴 →元素分析
執筆者:竹内 敬人
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報