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有賀長雄 ありが(あるが) ながお

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美術人名辞典の解説

有賀長雄

社会学者・法学者。大阪生。有賀長隣の長男。東大卒、のちドイツオーストリアで国法学などを学ぶ。日清・日露戦争には法律顧問として従軍。早大・陸軍大学校の教授も務めた。袁世凱の法律顧問となる。大正10年(1921)歿、62才。

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デジタル大辞泉の解説

ありが‐ながお〔‐ながを〕【有賀長雄】

[1860~1921]法学者・社会学者。大阪の生まれ。ドイツに留学しシュタインに師事。その著「社会学」は、日本で最初の体系的な社会学書。他に「国法学」「国家学」など。

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百科事典マイペディアの解説

有賀長雄【あるがながお】

社会学者,法学者。大坂出身。1882年東京帝国大学文学部卒業後,スペンサーの学説にもとづく社会進化論《社会学》を執筆。ヨーロッパ留学でシュタインの影響を受け《帝国憲法論》を刊行。
→関連項目中江丑吉

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

有賀長雄 あるが-ながお

1860-1921 明治-大正時代の社会学者,法学者。
万延元年10月1日生まれ。有賀長隣(ながちか)の長男。明治16-17年「社会学」3巻を公刊。のちドイツ,オーストリアで国法学などをまなぶ。日清・日露戦争には法律顧問として従軍。早大,陸軍大学校の教授もつとめた。大正2年中国の袁世凱(えん-せいがい)の法律顧問となる。大正10年5月17日死去。62歳。大坂出身。東京大学卒。著作はほかに「国家学」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

有賀長雄

没年:大正10.5.17(1921)
生年:万延1.10.1(1860.11.13)
明治大正期の公法学者。「あるが」とも読む。大坂の国学者の家系に生まれる。父は有賀長隣。明治15(1882)年東大文学部哲学科卒。16~17年大著『社会学』公刊。17年元老院書記官,19~20年自費渡欧,ベルリン大,パリ大に学び,海江田信義の委嘱によりウィーンでシュタインの講義を通訳。彼を祖述して『帝国憲法論』『国法学』などを著す。26年特許局長。国際法に転じ,陸軍大学校,海軍大学校,早大で国際法を担当。日清・日露戦争に法律顧問として従軍。旅順開城の際通訳を務めた。1913年袁世凱の法律顧問,1915年21カ条要求に反対,「非国民」と非難され,早大などの教職を去る。<著作>『万国戦時公法』『日清戦役国際法論』『日露陸戦国際法論』

(長尾龍一)

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世界大百科事典 第2版の解説

ありがながお【有賀長雄】

1860‐1921(万延1‐大正10)
明治期の社会学者,法学者。歌学者有賀長伯の子孫で,大坂に生まれ,1882年東京帝大文学部卒。83‐84年に大著《社会学》を公刊,スペンサーの学説にもとづく独自の社会進化論を展開した。84年元老院書記官となり,86‐87年ヨーロッパに留学,ウィーンでローレンツフォン・シュタインの海江田信義に対する講義を通訳してシュタインに心酔,帰国後《帝国憲法論》などを公刊。やがて国際法の専門家となり,日清,日露戦争にも顧問として従軍した。

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大辞林 第三版の解説

ありがながお【有賀長雄】

1860~1921) 公法学者。大阪生まれ。東大卒。国際法に通じ、日清・日露の戦役に法律顧問として従軍。二十一箇条要求に反対し政府と対立。著「社会学」「国家学」「近時外交史」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

有賀長雄
ありがながお
(1860―1921)

社会学者、国際法学者。大坂に生まれる。1882年(明治15)東京大学文学部卒業。ドイツに留学して、L・シュタインに国法学を学ぶ。帰国後、枢密院、内閣、農商務省に勤め、1898年以降、陸軍大学校、東京帝国大学、早稲田(わせだ)大学などで社会学、国際法を教える。著書『社会学』3巻(1883~1884)は、スペンサーの社会進化論によりながら日本社会の特質を強調し、体系的な社会学的著作として日本最初のものである。代表的著作としてはほかに『国家学』(1889)がある。[河村 望]

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