戦時に諸国間に適用される国際法規の総称であり,平時に諸国間の関係を規律するいわゆる平時国際法(国際法)と対置される概念である。戦時国際法は戦争状態を前提とし,その状態の下で交戦国間の敵対行為等を規制する戦争法規ないし交戦法規と,交戦国と中立国間に適用される中立法規とからなる(中立)。
国際法は,沿革的には中世末期以来まずヨーロッパの騎士道精神やキリスト教の影響の下に,またローマ法や教会法の諸概念を援用しつつ,戦争法規として形成されはじめた。しかし当時のスコラ学に基づく正戦論の下で,最大の関心は戦争の正当原因の探求に向けられていた。そして戦争の正当原因を有する君主が処罰として行う戦争には当時の未熟な戦争法規の適用は必ずしも要請されなかったし,まして中立法規はまだ念頭にはなかった。近代国際法とくに戦時国際法の本格的形成と発展は,17~18世紀における正戦論から無差別戦争観への転換を契機とする。無差別戦争観の下で主権国家間に戦争の正当原因を判定する上位者はなく,戦意の表明による正式の戦争が発生すれば,交戦国間には戦争法規が平等に適用されるものとされた。交戦国以外の国はすべて中立の地位にあるものとされ,交戦国と中立国の間には当然中立法規が適用されることになった。戦時国際法の内容も豊富になり,19世紀以降交戦法規や中立法規の法典化として多くの条約が作成された。なかでも1899年と1907年の2度にわたるハーグ平和会議で採択された多数の条約や宣言の大部分は交戦法規や中立法規に関するものであった。たとえば〈陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約〉〈海戦ノ場合ニ於ケル中立国ノ権利義務ニ関スル条約〉がそれである。戦時国際法のこのような発展や法典化を促した動機は,西欧文明諸国間の戦争において軍事上の要請のほかに人道的要請から敵対行為を規制し,傷病兵や捕虜に一定の保護を与えることが適切でありまた可能であるとみなされたことにある。産業革命を経た資本主義の発達に伴う文明国間の国際通商の拡大につれ,戦争においても中立国は国際通商の阻害をできる限り少なくすることを要求し,この要請と交戦国の戦争遂行のための措置の要請との妥協が,とくに海上の中立法規を多数生ぜしめた。この時代に戦時国際法は平時国際法と並ぶ位置を与えられた。もっとも交戦国は中立国との関係でも中立法規に拘束されるほかは平時国際法関係を維持するのであり,中立国相互間には平時国際法が適用されることはいうまでもない。なお戦時国際法は文明国間でも正式の戦争にのみ適用を予定され,ましてアジア・アフリカ諸地域での植民地戦争にはむしろ平時の先占の法理が適用され,戦時国際法は妥当しないものとみられていた。
第1次大戦後戦争の一般的違法化の時代に入ると,戦時国際法の位置は変容を強いられた。1919年国際連盟規約,28年不戦条約,45年国際連合憲章へと一連の文書による現代国際法の形成・展開は,国際紛争の平和的解決を要求するとともに,戦争を制限・禁止し,違法な戦争を始めた国に対し強制措置で制裁を加える集団的安全保障体制を確立した。この現代国際法体系の下で戦時はもはや平時と並ぶ状態ではなくなり,平時一元化が実現されたといえる。そのため戦時国際法はもはや平時国際法と並ぶ位置にはなく,その存在理由さえ疑われ始めた。つまり違法な戦争を行う国に対する集団的強制措置に交戦法規が平等に適用さるべきか否かが問われた。また両交戦国への公平を前提とする中立制度も動揺し始めた。第2次大戦当初まだ参戦前のアメリカは中立の地位を援用せず,連合国側に援助を与えながら交戦国とはならない非交戦状態という表現でみずからの態度を正当化した。もっとも国連体制の下においても,違法な戦争の客観的認定がなされえない場合や国連憲章上認められた自衛権の行使としての武力紛争の場合,交戦法規の適用は可能であり,必要でもある。また交戦法規は,交戦国の正・不正とは一応別に両国間の敵対行為に適用されうる性質のものであるから,違法な戦争においてもまた国連の強制行動においてもなお妥当していると考えられる。1949年の戦争犠牲者保護に関するジュネーブ諸条約やこれらに対する77年の追加議定書は,戦意表明のある宣言された戦争であるか否か,違法な戦争であるか否かを問わずあらゆる国際武力紛争に適用され,その中の一定の規定は非国際武力紛争にも適用される。ただし,これらは従来の戦時国際法の全分野を含むものではなく,とくに現代の兵器の発達,総力戦やゲリラ戦による文民・一般住民の犠牲の増大に対処するため,人道的観点から交戦国の行動を規制しようとするものであり,そのためこれらの法規は今日国際人道法と呼ばれている。人道法以外の分野の戦時国際法(中立法を含む)の改訂作業は国連体制の下で行われていない。
→戦争
執筆者:藤田 久一
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伝統的に国際法は平時国際法と戦時国際法とからなるものとされてきた。戦争が自由に行われたのと対応して、戦時には平時と異なる特殊な国際法が妥当するものとされた。中世から発達を始め、1907年のハーグ平和会議で、かなりの部分が条約化された。戦時国際法は交戦法規と中立法規からなる。交戦法規が交戦国相互の間の関係を規律するのに対し、中立法規は交戦国と中立国の関係を規律する。最近では戦争そのものが国際法上で禁止されているから、従来の戦時国際法がそのまま現在でも妥当するかは問題である。とくに中立法規は第一次世界大戦以来、ほとんど典型的な形では適用される場を失っている。それに反して、交戦資格、捕虜や傷病兵の待遇、文化財の保護、無差別攻撃の排除、毒ガスなど特定兵器の禁止を含む交戦法規は現在いっそう重要性を増している。1949年のジュネーブ諸条約や77年の追加議定書は、それに関するもっとも顕著な国際立法である。
[石本泰雄]
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…以前は,戦時法と平時法がほぼ同じくらいの比重で扱われたが,最近は,〈戦争の違法化〉の動きに伴い,戦時法の占める比重が小さくなってきている。 戦時法は戦争法ともいい,広くは,戦争に関する法すべてを含むが,普通は,戦時における交戦国や中立国の権利,義務を規定する戦時国際法jus in belloのみをさし,戦争を始めることが適法かどうかを定める法jus ad bellumは除外されることが多い。その場合は,戦争の当不当の問題は,平時法の中の紛争処理法の中で扱われることになる。…
※「戦時国際法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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