孝徳天皇の皇子。658年,謀反の罪により年19歳で処刑され,その事件にさいしてよんだ歌2首が《万葉集》に残されている。母は左大臣阿倍倉梯麻呂(あべのくらはしまろ)の娘小足媛(おたらしひめ)で,有間の名は父の皇子時代,有間の湯(有馬温泉)にいたおりに生まれたことによるらしい。父帝孝徳は大化改新時に即位したが,政治的実権を握るのは皇太子の中大兄(なかのおおえ)皇子(のちの天智天皇)であり,天皇との間に軋轢(あつれき)も生じていた。653年難波京から大和への遷都が天皇の意に反し中大兄によって行われたのはその一例であり,ために孝徳は翌年旧都難波において横死ともいえる死をとげた。中大兄の母斉明天皇の代となるに及び,有間は狂気を装う言動を示したが,これは先帝の遺児として政争から逃れようとしたためと見られる。657年秋紀伊の牟婁(むろ)の湯(現,和歌山県白浜町湯崎温泉)に療病し帰京して天皇にその地の景観を推賞するということがあり,翌年10月天皇と皇太子は牟婁の湯へ赴いた。その留守中におきたのがいわゆる有間皇子事件である。11月3日留守官蘇我赤兄(そがのあかえ)が有間に斉明帝の失政3ヵ条を語ったのに対し,有間は〈吾が年始めて兵を用ゐるべき時なり〉と応じ,同5日両者で挙兵の談合があったが,その夜赤兄は有間を謀反人として逮捕し,身柄を牟婁の湯に護送した。中大兄の訊問を受けた有間は〈天と赤兄と知る,吾もはら知らず〉とのみ答え,同11日,紀伊の藤白坂で絞首刑に処された。この時に皇子の側近2人が斬られ,なお2人が流刑となったが,謀反をそそのかした赤兄は処分を受けず,その後中大兄にとりたてられて近江朝では左大臣の地位に達している。事件は中大兄が蘇我赤兄を用いて皇子を挑発したものとすべきであろう。有間の歌〈磐代(いわしろ)の浜松が枝を引き結び真幸(まさき)くあらばまたかへりみむ〉は護送の途次,紀伊岩代でよまれたもの。これには山上憶良ら数人が後に追和の歌をよんでおり,事件が悲史として世に伝えられていたことを示している。
執筆者:阪下 圭八
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(今泉隆雄)
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孝徳(こうとく)天皇の皇子。母は左大臣阿倍内麻呂(あべのうちまろ)の女(むすめ)小足媛(おたらしひめ)。皇子は性悟(さと)く、偽って狂ったまねをしたという。少年ながら政争に巻き込まれるのを避けたらしい。だが657年(斉明天皇3)療病のため紀伊牟婁(むろ)温泉に行き、そのよさを斉明(さいめい)天皇に推薦して、翌年冬天皇の温泉行幸中、蘇我赤兄(そがのあかえ)に唆(そそのか)されて謀反を企て、赤兄に捕らえられて、送還の途中、紀伊藤白坂(和歌山県海南市藤白)で絞殺された。中大兄(なかのおおえ)皇子の罠(わな)にはまったといえる。『万葉集』に載る歌2首は護送の途中詠んだもので絶唱である。
磐代(いはしろ)の浜松が枝を引き結び真幸(まさき)くあらば亦(また)かへり見む(巻2、141)
家にあれば笥(け)に盛る飯(いひ)を草枕(くさまくら)旅にしあれば椎(しひ)の葉に盛る(巻2、142)
[横田健一]
640~658.11.11
孝徳天皇の皇子。母は阿倍内麻呂(あべのうちのまろ)の女小足媛(おたらしひめ)。父の死後657年(斉明3)狂人を装い,牟婁温泉(むろのゆ)(現,和歌山県白浜町)に湯治に行く。これは,皇子が有力な皇位継承候補者で,反体制派の豪族層のよりどころとして中大兄(なかのおおえ)皇子らから危険視されているのを避けたものと考えられる。翌年,中大兄皇子の意をうけた蘇我赤兄(あかえ)の訪問をうけ,現体制への批判の言葉を聞かされて反乱を決意。そのために捕らえられ,与党とともに天皇らの滞在する紀温泉(きのゆ)(牟婁温泉)に送られ,中大兄皇子の訊問をうけたのち藤白坂(ふじしろさか)(現,和歌山県海南市藤白)で絞殺された。紀伊護送中に皇子の詠んだ歌,および皇子の死をいたんだ後人の歌を「万葉集」に収める。
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