ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「朝鮮建築」の意味・わかりやすい解説
朝鮮建築
ちょうせんけんちく
統一新羅時代の建築は,木造建築の架構を模した石造浮屠(ふと。仏塔の意)や,断片的な木造建築部材の発掘品などから解明されつつあるが,基本的には三国時代の建築様式を踏襲し,かつ唐代建築の影響を受けて形成されたらしい。古新羅時代に皇竜寺(→皇竜寺址)のような巨大な一塔一金堂式伽藍をつくり上げた寺院建築も,唐代寺院建築の影響などで,二塔一金堂式の対称的な伽藍配置をとるようになり,木造双塔をもつ四天王寺(→四天王寺址〈大韓民国〉)や望徳寺などが建立された。
高麗時代の建築の特徴は新羅のものを受け継ぎながらも,宋代建築の影響を受けた柱心包様式(天竺様)と,中国北東部の遼から元の建築様式を受け継いだ多包様式(詰組様)の二つの建築様式が併存することである。柱心包様式の例としては,朝鮮最古の木造建築である鳳停寺極楽殿や浮石寺無量寿殿などがあり,多包様式の例としては心源寺普光殿などが知られている。李朝時代の建築も初期には上記の 2様式が併存していたが,やがて部分的に両者の折衷をみて,新たな朝鮮風建築を形成していった。しかし外観が華麗かつ雄壮となる多包様式は,宮殿,城郭,寺院などの主要建築に採用され,李朝中期以降の代表的な建築様式となった。多包様式にはソウル南大門(李朝初期),華厳寺覚皇殿(中期)などがあり,柱心包様式には松広寺国師殿や無為寺極楽殿(ともに初期)などがある。
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