小説家。京都市生まれ。間もなく兵庫県西宮市、さらに芦屋市に転居、10代のほとんどをこの地で過ごす。早稲田大学第一文学部演劇科卒業(卒論は「アメリカ映画における旅の思想」)。大学在学中の1971年(昭和46)、学生結婚。74年にはジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺に開店する(のちに千駄ヶ谷に移転)。「毎日夜遅くまで働いて、夜中にビールを飲みながら台所のテーブルに向かって書いた」(「自作を語る」『村上春樹全作品1979―1989』第1巻)最初の小説『風の歌を聴け』(1979)が、『群像』新人文学賞を受賞。選考委員からは「近来の収穫」(吉行淳之介)、「この新人の登場は一つの事件」(丸谷才一)と評された。同作、『1973年のピンボール』(1980)、『羊をめぐる冒険』(1982。野間文芸新人賞)の三部作により、即妙で乾いた会話を特色とする「ムラカミ・ワールド」を確立、後発するほとんどすべての作家に影響を与えることとなる。
村上に、折しも「高度資本主義社会」のただ中にあった時代の軽やかな預言者/代弁者像を重ね合わせる趨向(すうこう)は、「計算士」の「私」と「夢読み」の「僕」の物語が交互に進行する『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』(1985。谷崎潤一郎賞)や、1年間で270万部を売り上げた『ノルウェイの森』(1987)の成功によっていっそう揺るぎないものとなったが、三部作の続編というべき『ダンス・ダンス・ダンス』(1988)について「主人公の『僕』がことあるごとに、いわば宿命的に、羊男とドルフィン・ホテルというデフォルメされた自己核に引き戻されていくように、作家としての僕もいつも何かの節目にさしかかるたびに、宿命的に羊男という存在に、引き寄せられていった」(「自作を語る」『村上春樹全作品1979―1989』第7巻)と述べているように、彼の小説家としての特質は、あくまでも「時が経過すればするほど、事実とフィクションという二つのダイナミズムは、特性の違いを乗り越えて、だんだん近接してくるのではないか」(マイケル・ギルモア Mikal Gilmore(1951― )著『心臓を貫かれて』「訳者あとがき」)というビジョンにこそあるといってよい。この傾性はノモンハン事件にも材をとった『ねじまき鳥クロニクル』(第1部「泥棒かささぎ編」1992~93、第2部「予言する鳥編」1994、第3部「鳥刺し男編」1995。読売文学賞小説賞)に具象化され始めていたが、「1995年3月20日の朝に、東京の地下でほんとうに何が起こったのか」を解くため、60人を超す地下鉄サリン事件の被害者・関係者に取材したノンフィクション『アンダーグラウンド』(1997)および加害者側であるオウム真理教の信者らへのインタビューに基づく『約束された場所で』(1998)の発表で、より明確なかたちでわれわれの眼前に提示されるに至った。したがって、少年期の思い出の地を襲った阪神・淡路大震災への衝迫に貫かれた連作短編集『神の子どもたちはみな踊る』(2000)もまた、「1995年1月17日の朝に、神戸の地でほんとうに何が起こったのか」との問いにおいて読まれる必要があるだろう。こうした「事実」へのコミットメントに関して、しばしば対比的に論じられる村上龍とは、互いのデビュー直後に対談集『ウォーク・ドント・ラン』(1981)が刊行されており、「この人(=村上龍)に必要なものは、『職業』ではなく『状況』なのだ」等々の率直かつ先見的な発言が興味深い。
ほかには『回転木馬のデッド・ヒート』(1985)、『パン屋再襲撃』(1986)、『国境の南、太陽の西』(1992)、『スプートニクの恋人』(1999)などの作品があり、レイモンド・カーバー Raymond Carver(1939―88)、スコット・フィッツジェラルド、ジョン・アービング など、現代アメリカ文学を中心に翻訳も多数手がけている。
[水谷真人]
『『村上春樹全作品1979―1989』全8巻(1990~91・講談社)』▽『『海辺のカフカ』上下(2002・新潮社)』▽『『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』『ノルウェイの森』『ダンス・ダンス・ダンス』『アンダーグラウンド』『回転木馬のデッド・ヒート』『国境の南、太陽の西』『スプートニクの恋人』(講談社文庫)』▽『『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』『ねじまき鳥クロニクル』『神の子どもたちはみな踊る』(新潮文庫)』▽『『約束された場所で』『パン屋再襲撃』(文春文庫)』▽『村上龍・村上春樹著『ウォーク・ドント・ラン』(1981・講談社)』▽『マイケル・ギルモア著、村上春樹訳『心臓を貫かれて』(文春文庫)』▽『レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳『The Complete Works of Raymond Carver――レイモンド・カーヴァー全集』1~7(1990~2002・中央公論新社)』▽『スコット・フィッツジェラルド著、村上春樹訳『マイ・ロスト・シティー』(中公文庫)』▽『ジョン・アーヴィング著、村上春樹訳『熊を放つ』(中公文庫)』▽『加藤典洋ほか著『群像日本の作家26 村上春樹』(1997・小学館)』▽『『ユリイカ』臨時増刊「総特集=村上春樹を読む」(2000・青土社)』
(富岡亜紀子 ライター / 2013年)
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