松本たかし(読み)マツモトタカシ

デジタル大辞泉 「松本たかし」の意味・読み・例文・類語

まつもと‐たかし【松本たかし】

[1906~1956]俳人東京の生まれ。本名たかし。能楽師松本ながし長男。病弱のため能を断念高浜虚子俳句を学び「ホトトギス同人となる。俳誌「笛」を主宰。著「鷹」「石魂せきこん」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「松本たかし」の意味・わかりやすい解説

松本たかし
まつもとたかし
(1906―1956)

俳人。東京生まれ。本名孝。代々宝生(ほうしょう)流能役者の家に生まれる。能役者、松本長(ながし)の長男。病弱のため能を断念。18歳ごろから高浜虚子(きょし)について俳句を始め、4S(秋桜子(しゅうおうし)・誓子(せいし)・青畝(せいほ)・素十(すじゅう)の4人)以後の『ホトトギス』で活躍した。1946年(昭和21)『笛』を創刊主宰。「生来の芸術上の貴公子」と評され、「たかし楽土」といわれる高雅で余情をたたえる作風で一貫した。句集に『松本たかし句集』(1935)、『鷹(たか)』(1938)、『石魂(せきこん)』(1953。読売文学賞受賞)など。評論集、随筆も多い。弟に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された能役者、松本恵雄(しげお)(1915―2003)がいる。

鷹羽狩行

 仕(つかまつ)る手に笛もなし古雛(ふるひいな)

『『たかし全集』全4巻(1965~68・笛発行所)』『上村占魚編著『松本たかしの世界』(1989・梅里書房)』『上村占魚著『松本たかし俳句私解』(2002・紅書房)』

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改訂新版 世界大百科事典 「松本たかし」の意味・わかりやすい解説

松本たかし (まつもとたかし)
生没年:1906-56(明治39-昭和31)

昭和の俳人。本名は孝。宝生流能役者松本長(ながし)の長男として東京に生まれ,父の後継者を目指したが,1926年ごろ,病弱を理由に断念した。以来,俳句に専念,高浜虚子に師事し,哀しみを帯びた美しい句を書いた。〈仕(つかまつ)る手に笛もなし古雛(ふるひいな)〉〈芥子(けし)咲けばまぬがれがたく病みにけり〉(《松本たかし句集》1935),〈麦笛を吹けば誰やら合せ吹く〉(《鷹》1938),〈眼にあてて海が透くなり桜貝〉(《石魂》1953)。たかしの句には,能役者を断念したという青春の挫折感が秘められているといえよう。その挫折感のなかで,能の美しさが純化され,それがたかしの感受性の核をなした。1946年から俳句誌《笛》を主宰した。
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「松本たかし」の解説

松本たかし まつもと-たかし

1906-1956 昭和時代の俳人。
明治39年1月5日生まれ。宝生(ほうしょう)流能役者松本長(ながし)の長男。9歳で初舞台をふんだが病弱で能を断念。高浜虚子に俳句をまなび,「ホトトギス」の同人となる。昭和21年「笛」を創刊,主宰した。昭和31年5月11日死去。50歳。東京出身。本名は孝。句集に「松本たかし句集」「石魂」など。
格言など】花深く煤(すす)の沈める牡丹かな(「松本たかし句集」)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「松本たかし」の意味・わかりやすい解説

松本たかし
まつもとたかし

[生]1906.1.5. 東京
[没]1956.5.11. 東京
俳人。本名,孝。宝生流の能役者の家に生れ,9歳で初舞台を踏んだが 15歳頃から健康を害し,1923年高浜虚子に師事して句作を始めた。 46年から俳誌『笛』を主宰した。句集に『松本たかし句集』 (1935) ,『鷹』 (38) ,『野守』 (41) などがある。

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