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松浦宮物語 まつらのみやものがたり

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

松浦宮物語
まつらのみやものがたり

鎌倉時代前期の物語藤原定家作。3巻。建仁2 (1202) 年以前の成立と考えられる。橘冬明の子氏忠が神奈備女王に失恋したのち,唐に渡り,華陽公主と契り,帰国後,飛来した公主と再会する。貞観3 (861) 年作と終りにあるのは古代らしく見せかけた偽装で,異国趣味豊かな,妖艶を基調とする若き日の定家の野心作

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デジタル大辞泉の解説

まつらのみやものがたり【松浦宮物語】

鎌倉初期の物語。3巻。作者は藤原定家とされるが未詳。12世紀末の成立か。弁少将橘氏忠が恋人と別れて唐に渡り、皇帝の妹や后などと契りを交わすという伝奇的、幻想的な物語。

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百科事典マイペディアの解説

松浦宮物語【まつらのみやものがたり】

鎌倉初期の擬古物語。3巻。藤原定家の作というが不詳。弁少将は遣唐副使として唐に渡る。琴の秘曲を伝えてくれた皇帝の妹との悲恋内乱契機とする皇后との夢幻の恋,そして帰国後のふしぎな出来事。

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世界大百科事典 第2版の解説

まつらのみやものがたり【松浦宮物語】

擬古物語。藤原定家作とする説が有力。鎌倉時代初期成立。3巻。弁少将橘氏忠は神奈備(かんなび)の皇女(みこ)との恋にやぶれ,遣唐副使となって唐に渡る。唐の皇帝の妹,華陽公主(かようのみこ)と契りをかわし,琴の秘曲を伝授されるが,公主は日本の長谷寺での再会を約して昇天してしまう。皇帝は弁少将に幼帝の後見を遺詔して没するが,反乱が勃発。弁少将は神変をあらわして,これを平定。その後,母后月明りの中,梅薫る山里で契りを結び,祖国への憶いと母后への思慕との間を思い悩む。

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大辞林 第三版の解説

まつらのみやものがたり【松浦宮物語】

物語。三巻。藤原定家作とされるが未詳。一二世紀末の成立か。大納言橘冬明の子少将氏忠の、唐土にまで及ぶ数奇な恋愛を描く。「宇津保物語」「浜松中納言物語」の影響がある。松浦物語。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

松浦宮物語
まつらのみやものがたり

平安時代最末期の擬古(ぎこ)物語。三巻。作者は藤原定家(ていか)か。『源氏物語』以後その模倣作が多いなかで、時代を奈良時代以前に設定し、舞台を日本と中国とに広げ、合戦場面を取り入れた野心作。定家の和歌美学に通う余情妖艶(ようえん)の恋を描く。藤原京の時代(694~710)、弁(べんの)少将橘(たちばな)氏忠は神奈備皇女(かんなびのみこ)への初恋が実らぬまま遣唐副使に任命されて渡唐し、母宮は九州松浦の仮宮(かりみや)で帰朝を待つ。少将は文皇帝の妹華陽公主に琴(きん)を学び契りを結ぶが、仙女の公主は日本での再会を約して死ぬ。文皇帝が崩じ内乱が起こると、少将は幼帝と母后に従い、住吉(すみよし)明神の加護で敵将を倒す。のち梅薫る山里で謎(なぞ)の美女と契りを結ぶが、やがて母后こそ謎の女で、2人は逆賊を討つため天帝より遣わされたことを知らされる。帰朝後公主と再会し、母后を形見の鏡にしのぶが、心聡(さと)い公主から嫉妬(しっと)される。恋の物思いが尽きない少将である。[三角洋一]
『萩谷朴訳注『松浦宮物語』(角川文庫)』

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