擬古物語。藤原定家作とする説が有力。鎌倉時代初期成立。3巻。弁少将橘氏忠は神奈備(かんなび)の皇女(みこ)との恋にやぶれ,遣唐副使となって唐に渡る。唐の皇帝の妹,華陽公主(かようのみこ)と契りをかわし,琴の秘曲を伝授されるが,公主は日本の長谷寺での再会を約して昇天してしまう。皇帝は弁少将に幼帝の後見を遺詔して没するが,反乱が勃発。弁少将は神変をあらわして,これを平定。その後,母后と月明りの中,梅薫る山里で契りを結び,祖国への憶いと母后への思慕との間を思い悩む。松浦の宮にむけて帰国の途につき,帰朝後,参議右大弁に昇進,長谷寺で華陽公主とも再会する。全体に《宇津保物語》や《浜松中納言物語》の影響が強く見られ,時代を古代の藤原京のときに設定,また物語の舞台を中国とするなど新しい趣向が取り入れられている。全編に夢幻的,妖艶な雰囲気が漂い,擬古物語の中でも特色ある作品である。
執筆者:浅見 和彦
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平安時代最末期の擬古(ぎこ)物語。三巻。作者は藤原定家(ていか)か。『源氏物語』以後その模倣作が多いなかで、時代を奈良時代以前に設定し、舞台を日本と中国とに広げ、合戦場面を取り入れた野心作。定家の和歌美学に通う余情妖艶(ようえん)の恋を描く。藤原京の時代(694~710)、弁(べんの)少将橘(たちばな)氏忠は神奈備皇女(かんなびのみこ)への初恋が実らぬまま遣唐副使に任命されて渡唐し、母宮は九州松浦の仮宮(かりみや)で帰朝を待つ。少将は文皇帝の妹華陽公主に琴(きん)を学び契りを結ぶが、仙女の公主は日本での再会を約して死ぬ。文皇帝が崩じ内乱が起こると、少将は幼帝と母后に従い、住吉(すみよし)明神の加護で敵将を倒す。のち梅薫る山里で謎(なぞ)の美女と契りを結ぶが、やがて母后こそ謎の女で、2人は逆賊を討つため天帝より遣わされたことを知らされる。帰朝後公主と再会し、母后を形見の鏡にしのぶが、心聡(さと)い公主から嫉妬(しっと)される。恋の物思いが尽きない少将である。
[三角洋一]
『萩谷朴訳注『松浦宮物語』(角川文庫)』
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