平安中期(10世紀末)の作り物語。作者は古来の源順(みなもとのしたごう)説が有力。〈うつほ〉には〈洞〉〈空穂〉をあてることがある。初巻に見える樹の空洞に基づくもの。
清原俊蔭は王族出の秀才で若年にして遣唐使一行に加わり渡唐の途上,波斯(はし)国に漂着,阿修羅に出会い秘曲と霊琴を授けられて帰国し,それを娘に伝授する。俊蔭の死後,家は零落,娘は藤原兼雅との間に設けた仲忠を伴って山中に入り,大樹の洞で雨露をしのぎ仲忠の孝養とそれに感じた猿の援助によって命をつなぐ。やがて兼雅と再会し,京へ戻る。そのころ左大臣源正頼の美しい娘あて宮は都人の憧れの的となり,仲忠のほか多くの人が求婚するが,結局東宮妃に迎えられる(第1部,〈俊蔭〉~〈沖つ白浪(田鶴の村鳥)〉)。東宮が即位すると,藤壺女御となったあて宮腹の皇子と兼雅女の梨壺女御腹の皇子との間に激しい立太子争いが起こるが,帝の意向によって藤壺の勝利に終わる。しかしこの間の藤壺の心労は並々ではなかった(第2部,〈国譲〉)。仲忠は祖父俊蔭の旧邸跡に新築した豪邸の楼上に籠って娘の犬宮に琴を伝授し,母の俊蔭女もそれに加わる。八月十五夜には嵯峨・朱雀の両院も行幸し,3人の霊琴合奏ににわかに霰が降り星が騒ぎ天地も揺れとどろいた。両院もいたく嘉賞された(第3部,〈楼の上〉)。
全体の首尾は音楽奇瑞譚でしめくくっているが,その間に求婚譚や立太子争いなどを配し,統一性に欠けることは否めない。その巻序も,有力諸伝本すべて巻三~巻七に〈忠こそ〉〈春日詣(梅の花笠)〉〈嵯峨院〉〈祭の使〉〈吹上(上)〉の順に並んでいるが,このままでは時間の逆行とか事件の因果関係の倒叙が頻出して難解のため,今日ではこれを〈嵯峨院〉〈忠こそ〉〈春日詣〉〈吹上(上)〉〈祭の使〉の順に並べて読むことが多い。しかしそれでもなお記事の重複など問題が多く残っていて,成立事情の複雑さが想像されるのである。その解決のために複数の制作注文主を想定したり,当初本文に付いていた絵がその後失われて絵詞のみが残ったことからくる特徴的な本文形態が指摘されることもある。また一方,その主因を作者の内部に求めて,最初は素朴な古風な求婚譚として〈藤原の君〉から書き始めたものの,さまざまの読者の注文と作者自身の意識の動揺とか発展に伴って,つぎには音楽奇瑞譚としての骨格に着想して〈俊蔭〉巻が書かれ,その間に求婚譚の展開の中から宮廷社会の風俗人情への関心が高じて,立太子争いをめぐるきわめて写実的な表現に足を踏み入れてしまう。しかし最後は再び本道に即して霊琴譚でめでたく終りを結ぶ--という道筋も想定されている。またこの間に古来の伝承をそのままの形で随所に取り込むこともあったらしく,古と新と2種類の文体の混在が問題をさらに複雑化している。
この作品を破綻だらけの失敗作と評することは容易だが,しかしそれまでの《竹取物語》その他短小のほとんどお伽話風の物語群と比較すれば,この作品が当時まさに破天荒な力作であったことも疑いの余地はない。散文的な外的世界への視野の拡大と浪漫的な美と芸術性への憧憬という二方向を極点にまで推し進めたところに,この作品の魅力と謎がある。しかし不幸にもその読者は中世近世を通じてきわめて少なく,伝本もその書写年代が近世初期以前にさかのぼるものは皆無の状態である。
執筆者:今井 源衛
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平安時代の物語。20巻。作者・成立年未詳。鎌倉時代から源順(したごう)を作者とする説が多いが不明。天禄~長徳期(970~999)頃に書き継がれたらしいので,作者は複数とみる説もある。成立過程が複雑なため,初期に書かれた部分と後期の部分では方法も文体も異なり,主題も分裂ぎみである。琴の霊力を伝承する俊蔭(としかげ)一族の流離と栄華の物語を一応の軸として,貴宮(あてみや)をめぐる求婚や立后争いが描かれる。求婚者の多様な人物像および摂関政治最大の問題を描くことは,当時の貴族社会の現実の物語化でもあった。日本最初の長編物語であり,「源氏物語」などへの影響も多大。「日本古典文学大系」所収。
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…本来は舞楽(ぶがく),大和舞(やまとまい),東遊(あずまあそび)などの演舞者を指す。《宇津保物語》の〈俊蔭〉に,〈賀茂に詣で給ひけるを,舞人(まいびと),陪従(べいじゆう)例の作法なれば〉とあり,楽を奏する陪従と対に記す。とくに外来系の舞楽装束を唐(とう)装束というのに対し,東遊,大和舞など国風(くにぶり)の舞楽装束を舞人(まいにん)装束と称する場合があり,その演者をとくに舞人と呼ぶ。…
※「宇津保物語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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