精選版 日本国語大辞典 「林則徐」の意味・読み・例文・類語
りん‐そくじょ【林則徐】
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中国、清(しん)代の政治家。字(あざな)は少穆(しょうぼく)、諡(おくりな)は文忠。晩年、竣村(しゅんそん)老人と号す。福建省候官県(現福州市)の人。嘉慶16年(1811)進士。龔自珍(きょうじちん)、魏源(ぎげん)、黄爵滋(こうしゃくじ)(1793―1853)らと詩文の結社をつくり、経世致用の学を提唱し、東河河道総督、江蘇巡撫(こうそじゅんぶ)のときに、黄河の治水や江蘇の水利に尽力して名声を得た。また清廉潔白な清官で、清代最高の官僚と評されている。アヘンの害を痛感し、1837年湖広総督に任じてその厳禁に成果をあげ、翌年黄爵滋の厳禁論に賛同する上奏により、アヘン問題解決のための欽差(きんさ)大臣として広州に派遣された。外国商人にアヘン提出を厳命し、強硬手段でイギリス商人などから237万余斤のアヘンを提出させて虎門(こもん)海岸で焼却した。
一方、西方の事情を理解するため、外国の地理書、法律書、新聞などを翻訳させ、自ら『四州志』『各国律令』を編集して、正当な貿易は保護し、また外国の近代兵器を購入して防衛力を強化しようとした。さらに漁民や水上生活者を海上の義勇兵に組織して、総力をあげて事にあたろうとした。40年両江総督に任じてまもなくアヘン戦争が始まったが、北進したイギリス軍を目前にして朝廷内で和平論が高まり、戦争挑発者として罷免された。41年新疆(しんきょう)省イリに流され、3年後代理陝甘(せんかん)総督、ついで陝西巡撫、雲貴総督として再登用された。この間、新疆の水利建設に努め、また西南少数民族の反乱鎮圧にあたった。50年広西の反乱鎮圧の欽差大臣として赴任途上病死した。アヘン商人による毒殺説もある。『林文忠公政書』『雲左山房文鈔(しょう)』『雲左山房詩鈔』の著作がある。
[小島晋治]
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1785~1850
清末の官僚政治家。福建省福州の人。1811年進士合格。清廉有能な地方官として上下の信望が高かったが,特にアヘン禁止の主張とその実績が認められ,38年末欽差(きんさ)大臣として,アヘンの密輸入取締りのため広東に特派された。翌年イギリス商人のアヘン没収や貿易停止など,果断な手段をとり一時密輸禁止の効果をあげたが,これがイギリスにアヘン戦争の口実を与える結果となった。
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…したがって,この関係は次の矛盾を内包していた。すなわち,(1)本国産業資本家による自由貿易の主張と,対外貿易を広州1港の公行に排他的に独占させている清朝政府との対立,(2)1834年に対中国貿易独占権が廃止された後も,アジア貿易金融の実権を握る東インド会社に対するイギリス貿易商人の批判,(3)清朝側では,許乃済らアヘン弛禁派と黄爵滋(1793‐1853),林則徐らの厳禁派との対立,以上の3点である。イギリス政府が対清貿易を直接に管理すべく,34年から派遣したネーピア卿(1786‐1834)にはじまる貿易監督官も貿易商人や両広総督の反発にあい,清朝にあってもアヘン禁止の効があがっておらず,それぞれが事態の打開に動くなかでイギリスはついに武力による解決を図った。…
…中国,清末の魏源が著した海外事情紹介をも兼ねた地理書。魏源は第1次アヘン戦争(1840)のとき,捕虜になったイギリス兵の口述をもとに《英吉利小記》をつくってイギリス事情を紹介,翌年夏,欽差大臣両広総督を罷免された林則徐の依頼により《海国図志》の編纂に着手した。これは林則徐訳《四洲志》(H.マーリ《地理学百科Encyclopaedia of Geography》(1834)の漢訳),林則徐訳《澳門月報》をはじめ漢訳された欧米の地理書や歴代の史書・地理書に載る外国の記述を編集し,各地域の地図を付したものである。…
…ある現職についている官僚が特定の任務を帯びて臨時に皇帝から派遣されるものを欽差官といい,そのうち三品以上の大官を欽差大臣という。特に重要なのは外交問題の場合で,アヘン戦争における林則徐の例は有名である。清末の南・北洋大臣も欽差大臣の資格をもち,また外国へ派遣される公使を大清欽差出使大臣と呼んだ。…
…この雑誌はアジアについての根本的な情報を英文で提供し,相互の文化理解に貢献すること大であった。林則徐が,幕僚にこの雑誌の記事を訳させて参考にしたことは名高い。この訳文はのち魏源の《海国図志》(初刊の50巻本は1844年刊)に利用され,翻刻によって日本でも広く知られた。…
※「林則徐」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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