柴栄(読み)さいえい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「柴栄」の意味・わかりやすい解説

柴栄
さいえい
Chai Rong; Ch`ai Jung

[生]竜徳1(921).9.24.
[没]顕徳6(959).6.19. 開封
中国,五代後周の第2代皇帝 (在位 954~959) 。世宗太祖郭威養子で,太祖の没後 34歳で即位北漢契丹と連合して侵寇したのを,部下趙匡胤 (→太祖) とともに迎撃して打ち破った。禁軍改革を断行し,顕徳2 (955) 年には後蜀翌年には南唐を討伐し,契丹から燕雲十六州奪回をはかったが病没した。また内政財政の整備にも努め,五代随一の英主といわれる。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「柴栄」の意味・わかりやすい解説

柴栄
さいえい
(921―959)

中国、五代後周(こうしゅう)の第2代皇帝(在位954~959)。廟号(びょうごう)は世宗。初代皇帝太祖郭威(かくい)の皇后の甥(おい)であったが、郭威の養子となり帝位をついだ。禁軍を改革し精鋭軍をつくりあげ、後蜀(こうしょく)、南唐、契丹(きったん)(遼(りょう))を攻め合計21州を奪取し、内政をも整えて君主権の強化を図り、天下統一の基礎を固めたが、39歳の若さで病没。五代随一の英主と称される。統一の事業はその宿将趙匡胤(ちょうきょういん)(北宋(ほくそう)の太祖)に継承された。

[高橋継男]

『栗原益男著『乱世の皇帝――“後周”の世宗とその時代』再版(1979・桃源社)』

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改訂新版 世界大百科事典 「柴栄」の意味・わかりやすい解説

柴栄 (さいえい)

世宗(後周)

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「柴栄」の解説

柴栄(さいえい)

世宗(せいそう)〔後周〕

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世界大百科事典(旧版)内の柴栄の言及

【世宗】より

…在位954‐959年。姓名は柴栄。太祖郭威の柴皇后の甥で,太祖の養子となり,34歳で帝位を継いだ。…

※「柴栄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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