デジタル大辞泉
「桂タフト協定」の意味・読み・例文・類語
かつらタフト‐きょうてい〔‐ケフテイ〕【桂タフト協定】
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かつら‐タフト‐きょうてい‥ケフテイ【桂タフト協定】
- 明治三八年(一九〇五)七月、日本の首相桂太郎とアメリカ陸軍長官タフトの間に交わされた秘密協定。日本はアメリカのフィリピン進出を黙認し、アメリカは日本の韓国に対する宗主権を承認したもの。大正一三年(一九二四)公表。
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桂=タフト協定 (かつらタフトきょうてい)
1905年,アメリカと日本の間にかわされた朝鮮(大韓帝国)およびフィリピンに関する秘密覚書。同年7月,フィリピン視察の帰途来日したアメリカ陸軍長官W.H.タフトは桂太郎首相と会談し,両者はつぎのような覚書を確認した。(1)日本はアメリカのフィリピン統治を承認する。(2)極東平和のため日本,アメリカ,イギリス3国間に好意ある了解を必要とする。(3)アメリカは韓国に対する日本の優越的支配を承認する。この秘密覚書はその後T.ローズベルト大統領によって追認された。本覚書は,第2回日英同盟,日露講和条約とともに,日本の韓国保護国化,併合への重要な布石としての意味をもった。
→日韓併合
執筆者:由井 正臣
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「桂タフト協定」の意味・わかりやすい解説
桂=タフト協定【かつらタフトきょうてい】
1905年7月桂太郎首相が米国大統領特使タフト陸軍長官と交換した秘密覚書。米国のフィリピン統治と日本の韓国(大韓帝国)に対する保護・監督の権を相互に承認し,極東平和のため日・英・米3国の好意ある了解を認めるというもの。第2回日英同盟,ポーツマス条約などと併せ,韓国保護国化,日韓併合への重要な布石となった。
→関連項目タフト
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桂‐タフト協定
かつらたふときょうてい
1905年(明治38)7月29日、東京で桂太郎首相とアメリカのタフト陸軍長官との会談で成立した、日露戦争後の韓国(大韓帝国)とフィリピンに関する協定。この会談で、桂はフィリピンに野心をもたぬと確認し、タフトは韓国における日本の保護権の確立が「東洋の平和」に貢献すると認めた。この会談の覚書noteはルーズベルト大統領の追認を得たので、英文では協定と通称されているが、協定としての国際的拘束力をもつかどうかは疑問がある。日本外務省は「桂‐タフト諒解(りょうかい)」と称している。当時は秘密にされ、公表されたのは1924年(大正13)である。日本は、この協定と第二次日英同盟で、韓国保護権の設定について英米の承認を取り付けたとして、同年(1905)11月、乙巳(いっし)保護条約を韓国に強制した。
[藤村道生]
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桂=タフト協定
かつら=タフトきょうてい
Taft-Katsura Memorandum
1905年7月 29日,東京で桂太郎首相とアメリカ大統領特使 W.タフト陸軍長官との間で取りかわされた秘密覚え書。内容は,(1) 日本はアメリカのフィリピン統治を認め,フィリピンに対して侵略的意図をもたない,(2) 極東の平和維持は,日本,アメリカ,イギリス3国間の合意に基づいてはかられるべきこと,(3) アメリカは朝鮮に対する日本の優越支配を承認する,の3点を骨子とした。台湾を足場にフィリピンに対する日本の南下を危惧するアメリカと,日露戦争後の朝鮮支配を列国に認めさせたい日本の思惑が重なって成立した。
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桂・タフト協定
かつら・タフトきょうてい
1905年(明治38)7月29日に結ばれた韓国・フィリピンに関する日米協定。アメリカのフィリピン統治に対する日本の承認,日本の韓国に対する宗主権のアメリカによる承認,極東における日・米・英3国の了解の必要などを,桂太郎首相と来日中のアメリカ陸軍長官タフトが秘密に協定した。フィリピンへの日本の脅威に対するアメリカの憂慮の産物であり,T.ローズベルト大統領も承認した。
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桂‐タフト協定
かつら‐タフトきょうてい
日露戦争の講和直前の1905年7月,アメリカ陸軍長官タフトと桂太郎首相との秘密覚書
この協定により,アメリカのフィリピンに対する,日本の韓国に対する植民地的支配が承認された。翌8月の第2回日英同盟によるインドと韓国の植民地支配の相互承認とを併せて,戦後の日本の国際的地位の確立が構想されている。
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桂−タフト協定
かつら−タフトきょうてい
Katsura-Taft Agreement
1905年日本の桂太郎首相と米国特使タフトとの間での覚書
韓国における日本の支配権と,フィリピンにおけるアメリカの支配権を相互に承認した。
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