デジタル大辞泉
「桜間弓川」の意味・読み・例文・類語
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桜間 弓川
サクラマ キュウセン
- 職業
- 能楽師(金春流シテ方)
- 肩書
- 日本芸術院会員〔昭和32年〕
- 本名
- 桜間 金太郎
- 生年月日
- 明治22年 5月18日
- 出生地
- 東京
- 経歴
- 明治3名人のひとり、桜間伴馬の二男で、その芸を継ぎ、風姿、美声、鍛練の3拍子そろった名人といわれた。昭和11年初めて能の映画が作られた時「葵の上」を舞って名声を博した。先代室生九郎が、宝生会で隔月に一番ずつ、この他流の能を舞わせたという。金春流宗家の一子相伝とされる「関寺小町」を弟子家として演じたのも異例だった。芸術院会員。著書に「桜間芸話」など。
- 受賞
- 芸術選奨文部大臣賞〔昭和26年〕,日本芸術院賞〔昭和27年〕 芸術祭賞〔昭和28年〕
- 没年月日
- 昭和32年 3月1日 (1957年)
- 家族
- 長男=桜間 金太郎,父=桜間 伴馬(左陣)
- 親族
- いとこ=桜間 道雄
- 伝記
- 野上弥生子全集〈2‐29〉 補遺〈2〉能楽三代 野上 弥生子 著桜間 金太郎 著(発行元 岩波書店白水社 ’91’87発行)
出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報
桜間弓川 (さくらまきゅうせん)
生没年:1889-1957(明治22-昭和32)
能楽師。金春(こんぱる)流シテ方。桜間伴馬(ばんま)の次男。初名は金太郎。1894年《三井寺》の子方で初舞台,1901年《船弁慶》で初シテ。父の薫陶を受け,巧緻な謡と鮮麗な型をもって東京の金春流のみならず大正・昭和の能楽界を代表する一人であった。《望月》《石橋(しやつきよう)》《安宅》《猩々乱(みだれ)》の舞台はことに名演とうたわれた。1950年弓川と改名。55年老女物の秘曲《関寺小町》をつとめた。1951年度芸術選奨文部大臣賞,52年日本芸術院賞,53年度芸術祭大賞を受賞。57年日本芸術院会員となる。桜間金太郎(本名竜馬,1916-91)はその長男。
執筆者:羽田 昶
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
桜間 弓川
サクラマ キュウセン
明治〜昭和期の能楽師(金春流シテ方)
- 生年
- 明治22(1889)年5月18日
- 没年
- 昭和32(1957)年3月1日
- 出生地
- 東京
- 本名
- 桜間 金太郎
- 主な受賞名〔年〕
- 芸術選奨文部大臣賞〔昭和26年〕,日本芸術院賞〔昭和27年〕,芸術祭賞〔昭和28年〕
- 経歴
- 明治3名人のひとり、桜間伴馬の次男で、その芸を継ぎ、風姿、美声、鍛練の3拍子そろった名人といわれた。昭和11年初めて能の映画が作られた時「葵の上」を舞って名声を博した。先代室生九郎が、宝生会で隔月に一番ずつ、この他流の能を舞わせたという。金春流宗家の一子相伝とされる「関寺小町」を弟子家として演じたのも異例だった。芸術院会員。著書に「桜間芸話」など。
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桜間弓川
さくらまきゅうせん
(1889―1957)
能楽師。金春(こんぱる)流シテ方。明治三名人の一人、桜間伴馬(ばんま)の次男。前名金太郎。東京に生まれる。流儀の古雅な芸風に鋭い感覚を加え、あらゆる曲に豪快あるいは巧緻(こうち)な舞台をみせた名人。低音の利いた華麗な謡(うたい)、鮮やかな型は比類がなかった。1955年(昭和30)最高の秘曲『関寺(せきでら)小町』を上演。新作能にも意欲をみせ、高浜虚子(きょし)作『時宗(ときむね)』『義経(よしつね)』『奥の細道』を演じている。57年芸術院会員。桜間竜馬(金太郎、1916―91)はその長男。従兄弟(いとこ)に桜間道雄がいる。
[増田正造]
『桜間金太郎著『桜間芸話』(1948・わんや書店)』
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桜間弓川【さくらまきゅうせん】
能楽師。金春流シテ方。旧名金太郎。桜間伴馬の次男。豪快でしかも神経のゆきとどいた芸風。1955年秘曲《関寺小町》を上演。1957年芸術院会員。門下に長男の桜間金太郎〔1916-1991〕,本田秀男〔1899-1966〕,桜間道雄など。
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桜間弓川
さくらまきゅうせん
[生]1889.5.18. 東京
[没]1957.3.1. 東京
能楽シテ方。金春流。本名金次。旧名金太郎。明治の名人桜間伴馬 (左陣) の次男として生れ,6歳のとき,『三井寺』の子方で初舞台。 1951年弓川と改名。同年芸術選奨文部大臣賞を受賞。 57年日本芸術院会員となる。また,高浜虚子の作詞,弓川の作曲で新作能『時宗』『奥の細道』を創作し,後者を 1944年初演した。
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桜間弓川 さくらま-きゅうせん
1889-1957 明治-昭和時代の能楽師シテ方。
明治22年5月18日生まれ。桜間伴馬(ばんま)の次男。金春(こんぱる)流。明治34年「船弁慶」で初シテ。昭和10年野上豊一郎監修による能の海外普及映画「葵上(あおいのうえ)」に出演。28年芸術院賞。30年老女物の秘曲「関寺(せきでら)小町」を上演。芸術院会員。昭和32年3月1日死去。67歳。東京出身。前名は金太郎。
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桜間 弓川 (さくらま きゅうせん)
生年月日:1889年5月18日
明治時代-昭和時代の能楽師
1957年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報