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船弁慶 ふなべんけい

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

船弁慶
ふなべんけい

能の曲名 五番目物 (→尾能 ) 。観世小次郎信光作。源義経は兄頼朝の疑いを受け,静と別れ,大物浦から船を出す。そこに平知盛の亡霊が出て義経を海に沈めようとするが,弁慶の祈りにより退けられる。

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船弁慶
ふなべんけい

歌舞伎舞踊曲,長唄。 1885年東京新富座で9世市川団十郎の静と知盛,1世市川左団次の弁慶,4世中村芝翫の舟長 (ふなおさ) により初演。新歌舞伎十八番の1つ。河竹黙阿弥作詞,3世杵屋正次郎作曲,1世花柳寿輔振付。

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デジタル大辞泉の解説

ふなべんけい【船弁慶】

謡曲。五番目物観世信光作。平家物語などに取材。源義経一行は摂津国大物浦(だいもつのうら)静御前と別れて船出する。海上で平知盛の亡霊に襲われるが、弁慶が祈り退ける。
歌舞伎舞踊。長唄今様能の長唄(2世杵屋勝三郎作曲)を河竹黙阿弥が改作し、3世杵屋正次郎が作曲。明治18年(1885)東京新富座で、9世市川団十郎が初演。新歌舞伎十八番の一。

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百科事典マイペディアの解説

船弁慶【ふなべんけい】

(1)能の曲目。五番目物。五流現行。観世信光作。義経との別離に舞う静,嵐(あらし)を起こして宿敵の船を襲う平知盛の亡霊という艶麗(えんれい)と凄絶(せいぜつ)を対比させたもので,上演度数が最も多い。
→関連項目切能物

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デジタル大辞泉プラスの解説

船弁慶

古典落語の演目のひとつ。上方ばなし。

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世界大百科事典 第2版の解説

ふなべんけい【船弁慶】

日本の芸能の題名。(1)能 五番目物観世信光(のぶみつ)作。前ジテは静御前。後ジテは平知盛の怨霊。源義経(子方)は,兄頼朝との不和から都落ちをするはめになり,武蔵坊弁慶(ワキ)ら小人数を連れて西国に向かう。途中,摂津の大物ノ浦(だいもつのうら)の船宿で,あとを慕ってきた静御前(前ジテ)をさとし,都へ帰らせることにする。静は義経の前途の幸を祈って舞を舞い(〈クセ・中ノ舞または序ノ舞〉),涙ながらに立ち去る。

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大辞林 第三版の解説

ふなべんけい【船弁慶】

能の一。五番目物。観世信光作。西国に落ちる源義経が摂津国大物浦だいもつのうらで静御前と別れ船出ののち、海上で平知盛とももりの亡霊に会うが、弁慶がこれを祈り伏せる。
歌舞伎舞踊の曲名。長唄。新歌舞伎十八番の一。の今様能を河竹黙阿弥が改作。1885年(明治18)東京新富座初演。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

船弁慶
ふなべんけい

能の曲目。五番目物。五流現行曲。観世(かんぜ)小次郎信光(のぶみつ)作。現代も『葵上(あおいのうえ)』とともに人気曲の随一。兄源頼朝(よりとも)と不和になった源義経(よしつね)(子方)は、弁慶(ワキ)ほか、わずかの従者(ワキツレ)を伴って都を落ち、大物(だいもつ)の浦に着く。弁慶は、後を慕う静(しずか)(前シテ)を、この危急のおりにふさわしくないと主君に進言し、静は悲しみつつも別離の宴に舞い、都へと帰って行く。舟が海上に出ると、にわかに嵐(あらし)がおこり、平家の亡霊が波間に浮かぶが、なかでも平知盛(とももり)(後シテ)は、薙刀(なぎなた)を振るって襲いかかる。義経は刀を抜いて渡り合うが、弁慶の必死の祈りにより、ついに怨霊(おんりょう)は退散する。哀切・優艶(ゆうえん)と、悽愴(せいそう)・豪快な前後の場面の対照がみごとで、同じシテの役者が、性格の違う男と女の役を演じ分ける興味も大きい。義経を少年に演じさせるのは能の慣習だが、ツレとして大人が演ずる場合もある。ワキは前後の場面の軸となる大役で、嵐の描写をする間(あい)狂言の船頭の役も重要である。簡素を極める舟の作り物も、船頭自身が持って舞台に走り出るが、場面の転換と、海上に孤立する空間を如実にくぎり、優れて効果的である。怒濤(どとう)の描写音楽として大鼓・小鼓が用いられるのも、作者の画期的なくふうであった。各流にさまざまな演出のバリエーションがある。『義経(ぎけい)記』『源平盛衰記』『平家物語』による創作で、嵐にあった記録は『吾妻鏡(あづまかがみ)』にもある
 歌舞伎(かぶき)舞踊『船弁慶』は、明治の初めに今様(いまよう)能の長唄(ながうた)(2世杵屋勝三郎(きねやかつさぶろう)作曲)としてつくられたものを、河竹黙阿弥(もくあみ)が改作し、2世杵屋正次郎(しょうじろう)作曲、初世花柳寿輔(はなやぎじゅすけ)振付けで、1885年(明治18)11月、東京・新富座で9世市川団十郎が新歌舞伎十八番の一つとして初演。初演は好評でなかったが、6世尾上(おのえ)菊五郎が演出にくふうを加えて繰り返し上演し、以来人気曲となった。[増田正造]

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世界大百科事典内の船弁慶の言及

【幕】より

…そして,このように幕に対する特殊な感情があったがゆえに,いわゆる〈幕離れ〉にはいろいろな演出が考えられた。たとえば,能の《船弁慶》における後ジテ知盛の亡霊の出には,まず半幕(半分ほどの高さまで巻きあげる)にしてその姿をみせ,〈あら珍しやいかに義経〉と子方を見てからそこでいったん幕をおろし,ふたたび幕の全体をあげて早笛(はやふえ)の囃子(はやし)に乗って一気に走り出る,という演出がしばしば行われる。また歌舞伎には,《勧進帳》の弁慶の飛六方(とびろつぽう)でよく知られるように,いったん,引幕を引いたのち,これをくぐって役者が出て,ふたたび花道から揚幕へ入るという,〈幕外(まくそと)〉の演出があり,これは視覚的には,効果的な一種のクローズ・アップの手法ともいえるが,六方という特異な動作と合わせて考えるとき,それはむしろ,幕を出て幕に入るという〈神話的〉な身ぶりであるといえる。…

【松羽目物】より

…まず5世尾上菊五郎が1881年,市川家の《勧進帳》をまねて《土蜘(つちぐも)》を作った。ついで82年9世市川団十郎が《釣狐》,85年に《船弁慶》を初演した。その後菊五郎が《菊慈童》《羽衣》,団十郎が《素襖落(すおうおとし)》《三人片輪》を創演。…

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