関寺(読み)セキデラ

世界大百科事典 第2版の解説

せきでら【関寺】

世喜寺とも書く。逢坂関(おうさかのせき)の東の街道ぞいにあった古寺。創建年次は不詳。古くより有名であったが,976年(貞元1)大地震で倒壊。のち恵心僧都源信が弟子延鏡に命じて再興させた。このとき,役牛のなかに迦葉(かしよう)仏の化現との夢告のあった霊牛があり,そのうわさが広まって,藤原道長をはじめ多くの善男善女が参詣して霊牛に結縁(けちえん)した。霊牛は夢告のあった日時に入滅するが,源経頼もそれに立ち会い,その直後に菅原師長が《関寺縁起》を書いた。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

せきでら【関寺】

大津市逢坂にあった寺。もと三井みい寺の一坊。現在は長安寺となっており、小野小町が晩年に住したと伝える庵を残す。境内に、堂舎再建時に功のあった牛をまつった牛塔がある。
「関寺小町」の略。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

動植物名よみかた辞典 普及版の解説

関寺 (セキデラ)

学名:Rhododendron hortense
植物。ツツジ科のツツジの園芸品種,常緑低木

出典 日外アソシエーツ「動植物名よみかた辞典 普及版」動植物名よみかた辞典 普及版について 情報

精選版 日本国語大辞典の解説

せき‐でら【関寺】

[一] 滋賀県大津市逢坂にあった天台寺門宗の寺。万寿二年(一〇二五)創建。園城寺五別所の一つ、近松寺(ごんしょうじ)に属した。門前に牛塔(うしのとう)があり、小野小町が晩年庵(いおり)を結んだ所と伝えられる。慶長年間(一五九六‐一六一五)兵火で焼失後、長安寺(時宗)となる。世喜寺。
※後撰(951‐953頃)雑二・一一二六・詞書「あふみの関寺にこもりて侍りけるに」
※随筆・戴恩記(1644頃)上「関寺・道成寺・猩々(しゃうじゃう)の乱等は、いふに及(およば)ず」

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

今日のキーワード

出入国在留管理庁

政府が2019年4月に発足を予定している法務省の外局。18年12月の出入国管理法改正案成立に伴う外国人労働者の受け入れ拡大に対応するため、同省の内部部局である入国管理局を再編・格上げし、新設することが...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

関寺の関連情報