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楊維楨 よういていYang Wei-zhen

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

楊維楨
よういてい
Yang Wei-zhen

[生]元貞2(1296)
[没]洪武3(1370)
中国,元末明初の文学者。山陰 (浙江省) の人。字,廉夫。号,鉄崖,東維子。泰定4 (1327) 年進士に及第。上官に逆らったため出世できず,元末の戦乱にあって官を捨て,江南の松江に隠居。明になって太祖から招かれたが 110日留ったのみで,松江へ帰って没した。酒色に耽溺した生活をおくり,詩風も李白と李賀に学んで華麗で象徴性が強く,幻想的で奔放な楽府 (がふ) を得意とした。元詩の主流とは異なったが,当時江南詩社の指導的立場にあったため,「鉄崖体」と呼ばれて流行した。主著『東維子文集』 (31巻) ,『鉄崖古楽府』 (10巻) ,『復古詩集』 (6巻) など。

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世界大百科事典 第2版の解説

よういてい【楊維楨 Yáng Wéi zhēn】

1296‐1370
中国,元末・明初の詩人。字は廉夫,号は鉄崖。浙江省諸曁(しよき)の出身。31歳で進士,のち中途退官し,江南の都市での自由な生活を貫き,詩酒の会の主賓として,パトロンの顧瑛(1310‐69)とともに,のちのちまでこの種の文化人の憧憬の的となった。〈鉄崖体〉とよばれる歌謡風の〈古楽府(こがふ)〉約550首は,題材を多く伝説にとるほか,史実や遊行すら竜や仙人の住む奇怪な幻想の世界にいろどられている。【松村 昂】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

楊維
よういてい
(1296―1370)

中国、元末の詩人。字(あざな)は廉夫(れんふ)、号は鉄(てつがい)。山陰(浙江(せっこう)省・紹興)の人。1327年の進士。官を辞して芸術的耽美(たんび)生活に浸り、諸名士と詩酒の応酬に明け暮れた。詩は古楽府(こがふ)にもっとも華麗な才能を示し、また復古の主張によって、次代に大きな可能性を示唆した。彼の奇矯な言動と壮麗怪奇な詩想は、沈滞した当時の文人社会に強烈な衝撃を与えたが、その反面の不健康で退廃的な傾向は、今日ではあまり評価されていない。著に『東維子(とういし)文集』『鉄古楽府』などがある。伝は『明史』文苑(ぶんえん)伝一に記される。[福本雅一]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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