5月5日端午の節供に男の子の祝いに飾る人形。五月人形ともいう。応神天皇を妊娠中に三韓征伐を果たしたという神功(じんぐう)皇后と補佐役の武内宿禰(たけうちのすくね)の人形や,八幡太郎義家,鎮西八郎為朝,坂田金時,曾我兄弟,太閤秀吉,加藤清正,牛若・弁慶,さらに関羽,鍾馗(しようき)など,和漢の歴史・物語・芝居に登場する勇ましい英雄豪傑を人形化したもので,武者姿をした作品が多いのでこの名がついた。人形の種類,飾り方には時代によって移り変りが見られる。江戸時代初期の五月節供に模造の飾兜(かぶと)を武具類,幟(のぼり),吹貫きなどとともに屋外に並べ立てた。この兜を菖蒲(しようぶ)兜といい,これが武者人形を生む母体となった。菖蒲兜は邪気をはらう意味をもつショウブの葉でつくった。ショウブが〈尚武〉に通じるところから節供飾に用いられ,兜の鉢の部分に人形の細工物をつけた。人形は厚紙,木,張子などを材料に彩色,これをつけたものを甲(かぶと)人形ともいった。後にはこの甲と人形とが分離して,手足のない人形を他の外飾と並べて飾ることが流行した。現在でも,山梨県甲府市に張子の武者面の人形が〈かなかんぶつ〉の名で残存している。江戸後期になると節供飾は室内に並べるように変わってきて,小型の武具類,幟などの前に人形類を飾る形式となった。その当時から明治期に入っても,これらの人形は〈かぶと人形〉の名で呼ばれたが,旧幕時代に比べて人形は小型化されてきて,東京辺では神功皇后と武内宿禰,金時,鍾馗などがおもに飾られたが,関西では応神天皇,名古屋辺では大将人形などに人気があった。いずれも幼児が強健に育ち出世することを願うものである。節供飾の様式も座敷幟の前にこの種の人形を中心に並べたものが多かったが,第2次大戦後は武者人形に代わって鎧(よろい)飾(兜を含む)が多くなっている。人形では童顔の金太郎に人気がある。
執筆者:斎藤 良輔
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…菖蒲が尚武に通じ,菖蒲縵が変化して,近世の菖蒲冑(かぶと)となった。その冑の前に人形を立て,その人形が武者人形となって,5月5日に飾り,五月人形と称せられるようになった。【山中 裕】 現行の5月5日の民俗としては,男児の初節供を祝う行事,菖蒲等で邪霊をはらおうとするもの,労働を避けて家に忌みこもろうとするもの,各種の競技等に大別できる。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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