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鍾馗 しょうき Zhong-kui

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鍾馗
しょうき
Zhong-kui

中国,民間信仰魔よけの神。古代から魔よけの神の信仰が盛んで,さまざまな神と習俗とがあったが,その一つの展開であろう。俗説では,唐の玄宗皇帝が病中に鍾馗が悪鬼を退治する夢を見,鍾馗の図を呉道子に書かせたことから始るという。

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鍾馗
しょうき

日本陸軍の二式単座戦闘機。第2次世界大戦時の日本陸軍最初の近代的重戦闘機。糸川英夫(→ペンシル・ロケット)らの技術陣を擁する中島飛行機が格闘戦よりも一撃離脱戦法を意図して設計,開発したもの。

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デジタル大辞泉の解説

しょう‐き【鍾馗】


中国で、疫病神を追い払い、魔を除くという神。目が大きく、あごひげが濃く、緑色の衣装に黒い冠、長い靴をはき、剣を抜いて疫病神をつかむ姿にかたどられる。玄宗皇帝の夢に現れ、皇帝の病気を治したという進士鍾馗の伝説に基づく。日本では、その像を端午の節句ののぼりに描き、また五月人形に作る。
謡曲。五番目物金春禅竹作という。唐土終南山のふもとに住む者が都に上るために旅に出ると、の霊が現れて鬼神を退治し、国土を鎮める誓願を示す。
旧日本陸軍の二式戦闘機の異称。昭和15年(1940)に初飛行。主として本土防空にあたった。

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百科事典マイペディアの解説

鍾馗【しょうき】

中国の魔よけの神。唐の玄宗皇帝の夢に現れ邪鬼を払ったので,その姿を呉道玄に命じて描かせたのが起りという。その画像を除夜にはった風俗がのち端午に変わり,日本でも端午の幟(のぼり),五月人形に作る。
→関連項目武者人形

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鍾馗 しょうき

中国の伝説上の人。
唐の玄宗皇帝が病気になったとき,科挙におちた鍾馗と名のる書生が皇帝をなやませていた小鬼をたべる夢をみて熱病がなおったことから,呉道玄にその像をかかせたのが起こりという。邪気をはらう神とされ,年末に鍾馗像をかざるようになった。これがしだいに端午の節句にまつられるようになり,日本では室町時代から信仰され,江戸時代には武者人形にとりいれられた。

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世界大百科事典 第2版の解説

しょうき【鍾馗 Zhōng kuí】

中国の邪鬼をはらう神。宋代の《夢渓筆談》《東京夢華録》《夢粱録》などの記載によれば,当時年越しに鍾馗像を門戸にはって魔除けとした。商店主が歳末に鍾馗像を顧客に配る風習もあった。この習俗は,唐の玄宗が除夜に落第書生の鍾馗と名乗る大鬼が小鬼を食うのを夢見て熱病が治ったので,画工の呉道玄に像を描かせたのが起りといわれ,唐朝は年末に群臣に暦と鍾馗像を賜った。宋代歳末に乞食が組になり鍾馗などに扮装してドラ,太鼓を打って踊り門付した。

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大辞林 第三版の解説

しょうき【鍾馗】

○ 中国の疫病をふせぐ鬼神。唐の玄宗皇帝の病床の夢に鍾馗と名乗って現れ、病魔を祓はらったので、画工の呉道士にその像を描かせたことに始まるという。濃いひげをはやし、黒衣、巨眼の姿で剣を帯びる。日本では五月人形に作ったり、朱刷りにして疱瘡ほうそうよけの護符などとした。鍾馗大臣。
旧陸軍の二式単座戦闘機。速度と上昇力を重視して大馬力エンジンを搭載。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鍾馗
しょうき

中国で広く信仰された厄除(やくよ)けの神。唐の玄宗皇帝が病床に伏せっていたとき、夢のなかに小さな鬼の虚耗(きょこう)が現れた。玄宗が兵士をよんで追い払おうとすると、突然大きな鬼が現れて、その小鬼を退治した。そしてその大きな鬼は、「自分は鍾馗といって役人の採用試験に落弟して自殺した者だが、もし自分を手厚く葬ってくれるならば、天下の害悪を除いてやろう」といった。目が覚めるとすっかり病気が治っていたので、玄宗は画士に命じて鍾馗の姿を描かせ、以来、鍾馗の図を門にはり出して邪鬼悪病除けにするようになったという。初めは年の暮れの習俗であったが、のちに5月5日に移り、図柄としては鍾馗が刀を振るってコウモリ(蝙蝠)を打ち落としているものが好まれた。これは蝠の字が福に通じることから、これによって福を得たいという気持ちを表現したものである。この鍾馗の信仰は、日本にも伝わって室町時代ごろから行われ、端午の節供を通してなじみが深い。[伊藤清司]

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世界大百科事典内の鍾馗の言及

【コウモリ(蝙蝠)】より

…また〈蝠〉が〈福〉と同音なので幸福の表象とされ,吉祥の装飾意匠に好んで使われてきた。正月に門にはった〈門神〉の鍾馗(しようき)像には,鍾馗が剣でコウモリを打ち降ろす図が描かれ,これは〈降蝠〉が〈降福〉(福を降ろす)に通じ,コウモリが銭を抱える図案は,〈福在眼前〉(銭と前は同音)などと縁起をかついだりした。自分の所属を鳥類と獣類に巧みに使い分けて言い抜けるコウモリの二股膏薬(ふたまたごうやく)的性格を風刺した寓話も伝えられている。…

【護符】より

…魔よけ,厄よけのため,あるいは幸運を招くために,彼らは護符を身につけたり,家屋や門にはったり,飲み下したりもする。また正月に用いられる門神像のように,邪鬼を退治する神としての鍾馗(しようき)をはじめ,さまざまな神々の像を印刷したものや,なかば図像化された神秘的な文字をしるしたものなどがあり,それらはたいせつに扱われるが,反対に,奇怪な姿の悪鬼や貧乏神を描いたものは,これを焼却することによって悪鬼退散と厄よけが祈願される。 また中国では古来,邪気を払いのける力が桃に宿っていると信じられてきたので,厄よけの符も桃の木で作られることが多い。…

【端午】より

…この解釈の当否はともあれ,この日にちなんでさまざまな避邪防病の俗信が生まれた。 この日,薬草を摘み,家の門には艾(よもぎ)で作った人形や虎,あるいは菖蒲(しようぶ)で作った剣をかけ,鍾馗(しようき)の絵や五毒(サソリ,ムカデ,ヤモリ,ガマ,ヘビ)を食っている虎の絵を貼って邪鬼の進入を防いだ。また菖蒲酒や雄黄酒(イオウを混ぜた酒)を飲み,無病息災を祈った。…

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