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比田井天来 ひだい てんらい

美術人名辞典の解説

比田井天来

書家。長野県生。名は象之、字は万象、通称を鴻、別号に大撲・画沙。日下部鳴鶴高弟。東美校等で教鞭を執り、文部省習字科教員検定試験委員となった。古碑法帖を研究し、古典の臨書に新分野を開拓した。『支那に於ける書道』の著が有名。帝国芸術院会員。昭和14年(1939)歿、68才。

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デジタル大辞泉の解説

ひだい‐てんらい〔ひだゐ‐〕【比田井天来】

[1872~1939]書家。長野の生まれ。名は鴻。日下部鳴鶴(くさかべめいかく)の門下。古碑帖に直接学んで新境地を開いた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

比田井天来 ひだい-てんらい

1872-1939 明治-昭和時代前期の書家。
明治5年1月23日生まれ。日下部鳴鶴(くさかべ-めいかく)にまなぶ。東京高師講師,文部省検定試験委員などをつとめる。書学院をひらき,法帖(ほうじょう)類を刊行した。昭和12年尾上柴舟(さいしゅう)とともに芸術院会員。昭和14年1月4日死去。68歳。長野県出身。名は象之(しょうし)。通称は鴻(こう)。別号に画沙,大樸。著作に「学書筌蹄(せんてい)」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

ひだいてんらい【比田井天来】

1872‐1939(明治5‐昭和14)
書家。長野県の素封家に生まれた。名は象之,通称は鴻。字は子漸。天来は号。早くから上京し漢学を学んだが,やがて巌谷一六,日下部鳴鶴に書を学んだ。初めは鳴鶴流であったが,碑版法帖に深い造詣をもち,臨書の研究を積み,独自の新しい書風を完成した。書学院を創立して多くの子弟を養成,また法書類の刊行につとめ,書道界に大きく貢献した。東京美術学校などで教え,文部省習字科検定委員に任じ,書家として初の帝国芸術院会員となる。

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大辞林 第三版の解説

ひだいてんらい【比田井天来】

1872~1939) 書家。長野県生まれ。名は鴻。日下部鳴鶴くさかべめいかく門に入る。古碑帖の研究で新境地を開拓。書道教育にも尽力。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

比田井天来
ひだいてんらい

[生]明治5(1872).1.23. 長野
[没]1939.1.4. 横浜
書家。名は象之,通称を鴻,字は子漸,号は天来。二松学舎を卒業し日下部鳴鶴に書を学んだ。東京高等師範学校その他に奉職,また文部省習字科教員検定試験委員をつとめた。独特風雅な書風をもって知られ,また碑版,法帖に対する造詣も深く,臨書にすぐれた。またみずから書学院を創立し,法帖類の出版に尽力するなど書道界に貢献した。 1937年帝国芸術院会員。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

比田井天来
ひだいてんらい
(1872―1939)

書家。名は象之、字(あざな)は万象、子漸、天来は号で、江鳥と通称し、鴻(こう)と署名した。長野県北佐久郡の人。早くから上京、二松(にしょう)学舎で漢学を学んだ。やがて書を日下部鳴鶴(くさかべめいかく)に師事、その感化によって碑法帖(ほうじょう)多数を収蔵し、深い造詣(ぞうけい)があった。古典臨書の研究を重ねて、新しい書の理念、独自の書風を確立、書壇に革新の風を吹き込んだ。彼の書道芸術社には彼を信奉する多くの若者が集まり、上田桑鳩(そうきゅう)、桑原翠邦(すいほう)、手島右卿(ゆうけい)ら、以後の書壇を牽引(けんいん)する逸材が巣立った。また、書学院を創立、法帖類の刊行は書道界に大きく貢献するものであった。東京高等師範学校講師、文部省習字科検定委員を歴任。仮名の尾上柴舟(おのえさいしゅう)とともに帝国芸術院会員に推挙(1937)された。『学書筌蹄(せんてい)』『天来翁書話』などの著作がある。夫人の小琴(しょうきん)は仮名、子息南谷(なんこく)は前衛の書家である。[尾下多美子]

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世界大百科事典内の比田井天来の言及

【書】より

…かくして一般に六朝風と呼ぶ北魏の書の研究が急速に進み,唐様書家の書風に大きい変化をもたらした。日下部鳴鶴の弟子,比田井天来(ひだいてんらい)(1872‐1939)は碑法帖など広く研究を進め,書学院を開いて多くの子弟を養成し,現代書道界に与えた影響が大きい。義務教育が始まり,書道においては御家流を改めて唐様系の書を採用し,巻菱湖の書が学校教育に受け入れられて,その系統の村田海石(1835‐1912)の習字手本が多く用いられた。…

※「比田井天来」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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