公害病(読み)コウガイビョウ

デジタル大辞泉 「公害病」の意味・読み・例文・類語

こうがい‐びょう〔‐ビヤウ〕【公害病】

公害が原因となって起こる病気。大気汚染や特殊な物質の環境汚染によるもので、慢性気管支炎気管支喘息ぜんそく肺気腫水俣病みなまたびょうイタイイタイ病・慢性砒素ひそ中毒など。

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精選版 日本国語大辞典 「公害病」の意味・読み・例文・類語

こうがい‐びょう‥ビャウ【公害病】

  1. 〘 名詞 〙 公害によってひき起こされた疾病の総称。公害健康被害補償法に基づき、指定地域ごとに救済措置の対象疾病として指定される疾病。慢性気管支炎気管支喘息喘息性気管支炎、肺気腫、水俣病、イタイイタイ病、ひ素中毒など。
    1. [初出の実例]「どうせ同じ公害国家で生活しているのだから資本家も労働者も同じ率で公害病にかかる」(出典:吉里吉里人(1981)〈井上ひさし〉一七)

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改訂新版 世界大百科事典 「公害病」の意味・わかりやすい解説

公害病 (こうがいびょう)

大気汚染,水質汚染,土壌汚染,騒音・振動など公害を原因または補助因として起きた疾病。日本独特の用語で,外国ではhealth effects of environmental pollutantsなどの言葉が用いられるが,特定の言葉はない。

1959年に石油コンビナートが操業を始めた四日市で,その直後から健康被害の苦情が多発しはじめ,64年度の厚生省によるばい(煤)煙影響調査の結果,四日市の喘息(ぜんそく)様の呼吸器疾患の多発は大気汚染によるものであるという発表がなされ,これを受けて四日市市が公害病としての独自の医療扶助制度を開始したことが一つの契機となって,公害病という用語が社会的に広がり,定着してきたものである。ひきつづき1960年代の後半には,四大公害裁判といわれる四日市公害,熊本および新潟水俣病,富山イタイイタイ病の裁判が始められ,71年新潟水俣病,72年四日市およびイタイイタイ病,73年熊本水俣病と,すべて健康被害を受けた原告側の勝訴の結果となり,ここに公害病の概念の原型が社会的通念として広がってきた。1969年には公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法が成立して,医療費,医療手当,介護手当の支給を内容とする制度が動き出し,74年には〈公害健康被害補償法〉が施行されて,医療費のみならず,障害の程度,年齢に応じての障害補償費,遺族補償,療養手当などの支給の制度ができた。

 1973年に新しく制定された公害健康被害補償法においては,公害による健康被害を第一種地域と第二種地域に分けており(2条),健康被害者は指定地域に居住または通勤していて都道府県知事の認定を受けると,公害医療手帳を支給され,種々の補償を受けられることになっている。

(1)第一種地域 事業活動その他の人の活動に伴って,相当範囲にわたる著しい大気の汚染が生じ,その影響による疾病が多発しているが,汚染物質と健康被害との間に特異的な関係がなく,被害者個々人について原因物質を特定することが困難な疾病の多発した地域として指定されているもので,東京都19区,川崎2区,四日市臨海地域,大阪市全域,北九州市洞海湾地域など41地域が指定地域となっている。疾病としては,慢性気管支炎気管支喘息喘息性気管支炎肺気腫とこれらの続発症が定められており,3年間以上これらの地域に居住または通勤した者が指定疾病にかかっている場合に認定されることになっている。認定は,認定を受けようとする者の申請に基づき,指定地域を管轄する都道府県知事,政令市(区)長が医師,法律家などの専門家による公害健康被害認定審査会の意見を聴いて行うことになっている。

(2)第二種地域 大気の汚染または水質の汚濁が原因で,ある物質との関係が一般的に明らかであり,かつその物質によらなければかかることがない疾病が多発している地域として指定される。指定されているのは水俣病,イタイイタイ病,慢性ヒ素中毒症で,水俣病では水俣湾沿岸地域,阿賀野川下流地域,イタイイタイ病では神通川下流地域,慢性ヒ素中毒では島根県笹ヶ谷地区,宮崎県土呂久地区において,これらの疾病にかかっている場合に認定されることになっている。認定の基準は,それぞれの疾病ごとに行政上の通知(環境庁事務次官通知)などで定められている。このようにして認定がなされると補償給付が行われるが,その内容は,療養の給付および療養費,障害補償費,遺族補償一時金,児童補償手当,療養手当および葬祭料とされており,その財源は,第一種地域については,公害健康被害補償協会がばい煙の排出量に応じて企業から徴収する汚染負荷量賦課金および自動車重量税引当金により,第二種地域については原因者からの特定賦課金により賄われている。

 1988年3月,公害健康被害補償法第一種地域に関する法改正が施行され,第一種地域の指定解除になり,すなわち新しい認定患者は認められなくなった。これは大気汚染が工場などの固定発生源からの硫黄酸化物を主体とするものから,移動発生源窒素酸化物を主体とするものに変わってきたことによって第一種地域の呼吸器疾患発生率が他とくらべて非常に高いという知見が認められなくなったためである。

 なお,公害健康被害補償法の対象とはなっていないが,食品公害の代表的な疾病である(カネミ)油症(PCB中毒症),(森永)ヒ素ミルク中毒症は明らかに公害病であり,さらに公害病予防の見地から考えると,千葉県君津市のダンプ公害による塵肺(じんぱい)傾向の増加や,名古屋市内の新幹線騒音・振動による睡眠障害,消化器疾患の増大などにも,注意と医学的知見の蓄積を図る必要性がある。残留性の高い農薬やアレルギー性疾患を起こす繊維加工剤などについても絶えず注意をはらっていかなければならない。
執筆者:

1930年ベルギーのミューズ渓谷,48年アメリカ,ペンシルベニア州のドノラなどで大気汚染による急性の呼吸器疾患の増大と死亡が報告され,52年にはロンドンでのスモッグによる4000人の過剰死亡,アメリカで56年ミネアポリスと58年ニューオーリンズでの大気汚染による喘息の多発,1952年米軍およびその家族に多発した横浜喘息などの学術雑誌への発表は,大気汚染の健康への悪影響の調査や研究を刺激することとなった。

 50年代の後半以降,慢性気管支炎の有症率と大気汚染の関係を疫学的に調査するイギリス医学研究協議会(BMRC)の方法は,イギリスだけでなく日本やアメリカでも採用され,汚染地区と非汚染地区での有症率の差は認められた。60年代日本での大気汚染はとくに二酸化硫黄による急激な悪化が特徴的であり,たとえば69年の近畿地方大気汚染調査連絡会報告は,地区住民の慢性気管支炎の有症率の増加は,年齢および喫煙量の増加とともに,二酸化硫黄濃度の増加に伴っていることを認め,この3因子の組合せによって有症率を数式化して表している。1960年代の終りから70年代を通じての公害規制によって,二酸化硫黄濃度は大幅に減少し,大気汚染の主役は二酸化窒素と浮遊微粒子状物質に代わってきているので,これらの汚染物質と慢性気管支炎,気管支喘息,肺気腫など閉塞性呼吸器疾患との関係については医学的研究調査がさらに必要とされている。

公害病なる用語が日本独特のものであるのは,欧米では環境汚染として個々の大気汚染,水質汚染,土壌汚染というように現象形態別に問題を処理し,日本における公害問題のような総体概念がなかったことと,1960年代の日本のような急激な汚染問題,健康被害の続出といった状況が比較的なかったことによると思われる。

 公害病,とくに公害健康被害補償法の第一種地域に規定される非特異的な閉塞性呼吸器疾病は,疾病と大気汚染物質との因果関係を個々の患者について明らかにすることはきわめて困難であり,臨床医学的にはほとんど不可能といってよい。しかし,ある人口集団のこれらの疾病と暴露された大気汚染物質との間に疫学的手法によって関連性が証明され,さらに他の医学的な知見を加えて,疾病の成因,誘因,症状の増悪を含めて,いちおう因果関係があると判断された場合には,その人口集団のなかの特定疾病にかかっている個人については,その個人の疾病と大気汚染の関係を明らかに否定する特別の事情のないかぎり,因果関係ありとみなして健康被害者を救済する公害健康被害補償法の判断は,医学的には基本的に正しいものである。汚染物質の変動と変化,疾病の有症率や症度についての疫学的・実験的研究調査をつねに継続しながら,定性的関係から定量的関係へと医学的知見を積み上げていかなければならない。

 公害病の認定には汚染物質の変動と変化なども加わり,純医学的には不確定要素も避けられないので,専門家の間でも見解の相違が生ずることもある。また,とくに費用分担をめぐっての利害が異なることから社会的にもさまざまな紛争が生じてくる。

 公害病はまさしく社会的な疾病であり,被害者救済,原因者負担の原則,憲法25条の健康にして文化的な最低限度の生活の保障の原則に立ち,科学的・医学的知見を積み上げながら,社会的に対処していく必要がある。公害問題の解決は,近代工業の発達と人口の都市集中がはなはだしくなった,現代社会の最大の課題の一つであり,70年代以後の十数年の施策は一時的に危機的状況を克服したにすぎないことを認識しておかなければならない。
公害
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「公害病」の意味・わかりやすい解説

公害病
こうがいびょう

広義には公害が原因でおこるすべての疾病をさす場合もあるが、普通は公害によって健康上の被害を受けた人々を救済する法律(公害健康被害補償法)に指定されている疾病をいう。1964年(昭和39)四日市市の喘息(ぜんそく)様呼吸器疾患(四日市喘息)の多発が大気汚染によるものであることが判明し、市当局が公害病として患者の救済を開始したことを契機とし、ジャーナリズムによって広められた日本独特の用語である。天然資源の乏しい狭い国土に過密的飽和人口を抱える日本固有の条件を背景にしていることが、公害病の特徴である。

 公害健康被害補償法(昭和48年法律111号)では、事業活動そのほか人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる著しい大気の汚染、または水の汚濁(水底の底質が悪化することも含む)の影響による健康被害にかかわる損害をその対象としており、汚染の影響による健康被害を、一般的な大気汚染による非特異的な疾病と、特定の汚染物質による大気汚染や水質汚濁の影響による特異的疾病の二つに分類し、前者を第一種地域、後者を第二種地域として、それぞれ政令により指定地域と指定疾病を決めている。第一種地域では慢性気管支炎、気管支ぜん息、ぜん息性気管支炎、肺気腫(はいきしゅ)など、第二種地域では水俣(みなまた)病(水俣湾沿岸、阿賀野(あがの)川下流)、イタイイタイ病(神通(じんづう)川下流)、慢性ヒ素中毒症(島根県津和野町笹ヶ谷(ささがたに)、宮崎県高千穂町土呂久(とろく))などである。

 公害病でもっともむずかしいのは認定問題である。すなわち、汚染物質や汚染現象と病気やその症状および所見の間にはっきりした因果関係が証明されれば問題ないが、実際には多くの複雑な要素が加わるために、立証することがきわめて困難である。このため専門家の間にも判断の相違がみられたり、とくに関係者の利害や関心が異なるとまったく相反する意見となることもあり、社会的にさまざまな紛争を生じる原因となる。この問題について環境庁(現環境省)の中央公害対策審議会(現中央環境審議会)では、公害損害賠償保証制度諮問委員会医療分科会の「主として医学の立場からみた公害損害賠償保証制度の基本問題について」と題する中間報告で見解を発表した。その要旨の抜粋を次にまとめた。

[重田定義]

因果関係についての基本的な考え方


(1)法的な因果関係の判断は、実験医学、基礎医学(病理など)、臨床医学、疫学の各分野の知見をもととするが、確率の概念の導入により蓋然(がいぜん)性があれば法的に因果関係があるものとして扱うこととするのが最近の判例、学説で定着しつつある考え方であり、妥当である。

(2)ある人口集団の特定の疾病とその人口集団が暴露されたか、また暴露されている環境汚染との間に疫学的手法によって関連性が証明され、これにさらに他の医学的知見を加えていちおう因果関係があると判断された場合、その人口集団のなかの当該特定疾病にかかっている個人については、その個人の疾病と環境汚染との関係を否定する特別の事情がない限り、因果関係があるものとみなすことを制度上の取決めとすることが不可欠である。

[重田定義]

疾病の認定

非特異的疾患といわれる大気汚染系疾病については、疾病と大気汚染物質との因果関係を個々の患者について明らかにすることはきわめて困難であるので、個々の指定疾病にかかわる健康被害者について、大気汚染との間に因果関係があるとみなす制度上の取決めとして、地域指定および暴露要件を導入することとし、これらの要件は、大気汚染調査、疫学調査、医学的所見を基礎として定めるものとする。特異的疾患については、原則的には疾病と原因物質との関係を個々の患者について判断することが望ましい。つまり、非特異的な大気汚染にかかわる疾患では、多くの場合個々に厳密な因果関係の証明を行うことはまず不可能なので、疫学調査結果に基づき、人口集団について因果関係があると法的に判断される第一種の大気汚染地域については、暴露期間についての要件を満たしていれば法的に因果関係があるとみなすという取決めをしている。すなわち、指定地域、暴露要件、指定疾病の三つの条件を満たせば、個々の患者について大気汚染と法的因果関係があるというわけである。

 地域の指定に際しては、一定以上の大気汚染が生じており、かつその影響による疾病が多発していることが必要であり、長年月にわたる大気汚染データの評価と慢性気管支炎の有症率調査結果を基礎としている。特異的疾患については、一般にその物質がなければその疾病はおこりえないという考え方にたっている。そこで、汚染物質と、それと特異的な関係にある疾病を科学的な調査研究に基づいて指定しており、その疾病の多発している地域を第二種地域として指定している。特異的疾患の認定にあたっては、特定の汚染物質に対する暴露の事実の証明と、その特定の疾患にかかっている個人についての医学的診断に基づいて行われている。

[重田定義]

認定と補償給付について

指定地域のある都道府県または政令で定める市には、医学や法律学そのほか公害健康被害の補償に関する学識経験を有する15名以内の委員によって構成される公害健康被害認定審査会が設置され、知事または市長がこの審査会の意見を聞いて認定を行う。審査会は、患者から、指定疾病にかかっていることを示す主治医の診断書を添えた認定申請を受けて審査を行う。認定には、指定疾病であるか否かという医学的認定と、被害補償給付や遺族補償給付など補償給付の受給資格に関する認定の二つがある。認定に関連して暴露期間などについての条件を適正に確認することのほかに、所要の機能検査や臨床検査を行う場合が多い。

[重田定義]

『城戸謙次編『公害健康被害補償法』(1975・ぎょうせい)』『環境庁企画調整局環境保健部保健業務課編『公害医療ハンドブック』(1976・週刊日本医事新報社)』

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百科事典マイペディア 「公害病」の意味・わかりやすい解説

公害病【こうがいびょう】

大気汚染,水質汚濁などの公害によって起こる病気。イタイイタイ病水俣(みなまた)病,慢性ヒ素中毒症,慢性気管支炎気管支喘息(ぜんそく),喘息性気管支炎,肺気腫,およびこれらの続発症などが代表的。1973年〈公害健康被害補償法〉が制定され,公害病に対して一定の補償給付を行い,その費用は汚染原因者の負担を主とすることになった。しかし慢性気管支炎など4種の大気系公害病については,産業界が〈大気汚染が改善された〉として従来の公害病認定による補償制度の改正を強く要望した。さまざまな経緯の後,1987年9月の〈公害健康被害補償法〉の改正により,新たな大気系公害病患者の認定と,これに基づく補償の廃止が決まり,1988年3月から実施された。また,騒音振動,悪臭など精神的,生理的に影響を及ぼすもの,自動車排ガスのように不特定の発生源による影響などは公害病に認定しにくい。農薬や飼料中の抗生物質のように回り回って食品に混入し毒性を発するもの,胎児性水俣(みなまた)病やカネミ油症患者の子どものように次代の子どもに影響を及ぼすものなど,健康被害の増加が予想されるので,環境汚染に対しいっそうの注意が必要である。
→関連項目四日市喘息

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「公害病」の意味・わかりやすい解説

公害病
こうがいびょう

公害による健康被害として起こる疾病。狭義には,1973年に公布された「公害健康被害の補償等に関する法律」(公害健康被害補償法)で指定された疾病をさす。同法には,大気汚染による非特異的疾患として慢性気管支炎(→気管支炎),気管支喘息,喘息性気管支炎および肺気腫など,特異的疾患として水俣病イタイイタイ病,慢性ヒ素中毒症(→ヒ素中毒)が対象地域とともに指定されている。公害病の認定を受けた患者は,療養費,障害補償費などの補償給付が受けられる。1987年,大気汚染の改善にともなって公害健康被害補償法が一部改正され,大気汚染指定地域をすべて解除すること,新たな患者を公害病とは認めないことなどが定められた。広義の公害病には,このほか騒音や振動による健康障害,食品,薬品,洗剤,化粧品などによる健康障害を含めることもある。

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世界大百科事典(旧版)内の公害病の言及

【疫学】より

… 近年,疫学に対する司法,行政面からの期待も強まって,疫学的因果関係が注目されるようになった。疫学的因果関係とは,たとえば公害病など集団的に発生した疾病と環境汚染との因果関係を疫学的に立証することをいう。〈原因〉と目されることが〈結果〉つまり公害病を引き起こすと断定するためには,次の5条件が原因と結果の間に成立することが要求される。…

※「公害病」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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