水俣[市](読み)みなまた

百科事典マイペディアの解説

水俣[市]【みなまた】

熊本県南部の市。1949年市制。国見山地出水山地にはさまれた水俣川,湯出(ゆのずる)川の流域を占める。中心市街は水俣川の河口にあって八代海に臨み,九州新幹線,肥薩おれんじ鉄道が通じる。1907年にカーバイド工場が建設されてから化学工業都市として発展し,現在は電機関連の工場も進出している。地場産業の製材業も盛んで,合板工場が立地する。甘夏ミカン・茶栽培が行われ,甘夏ワインも産する。1950年代以降水俣病が多発した。徳富蘇峰徳冨蘆花の生地で,蘇峰記念館がある。北部に湯ノ児温泉,湯出川上流部に湯ノ鶴温泉がある。163.29km2。2万6978人(2010)。

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世界大百科事典 第2版の解説

みなまた【水俣[市]】

熊本県南西端,八代海に臨む工業都市。南は鹿児島県に接する。1949年市制。人口3万2842(1995)。古くは水股と書き,水俣川右岸の陣内は《延喜式》に記された古い宿駅である。中世には水俣氏の館町となり,西南戦争では山岳部で激戦があった。1908年チッソ(株)の前身であるカーバイド工場が豊かな電力,石灰石,労働力を背景に創業され,以後工業都市に変貌していった。第2次大戦後の最盛期チッソの従業員は4000をこえ,水俣市はチッソの城下町とまでいわれた。

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世界大百科事典内の水俣[市]の言及

【熊本[県]】より

…1896年鹿児島本線が八代まで,次いで三角(みすみ)線,肥薩(ひさつ)線などが開通するにつれ,各地との交通が便利になり,産業活動も活発となった。明治中期から県下各地に製糸,八代にセメント,製紙,醸造,人絹,水俣(みなまた)に化学など中央大手の近代工業が立地し,八代海沿岸の工業地区が形成された。第2次大戦後は1964年不知火(しらぬひ)・有明・大牟田新産都市が誕生し,その後長洲町地先の埋立地に日立造船有明工場とその関連企業が立地した。…

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