コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

水木辰之助 みずきたつのすけ

3件 の用語解説(水木辰之助の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

水木辰之助
みずきたつのすけ

[生]延宝1(1673)
[没]延享2(1745)
歌舞伎俳優。元禄歌舞伎の代表的女方。水木流の祖。『槍踊』や『唐猫』などの所作事にすぐれ,後年江戸劇壇に流行した「変化舞踊」の先駆をなす「七化け」を始めた (→変化物 ) 。「水木帽子」と呼ばれる紫ちりめんのかぶり物を案出し,一般風俗にも影響を及ぼした。当り狂言『今源氏六十帖』『水木辰之助餞振舞 (たちぶるまい) 』。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

みずきたつのすけ【水木辰之助】

1673‐1745(延宝1‐延享2)
歌舞伎役者。立役の名優大和屋甚兵衛の甥として大坂に生まれた。幼名大和屋牛松。前名鶴川辰之助,椹(みずき)辰之助を水木辰之助(初世)と改め,引退後は大和屋宇左衛門といった。元禄期(1688‐1704)の代表的女方で,所作事に長じていた。1691年(元禄4)《娘親の敵討》で湯女(ゆな)有馬の藤役が大当りをとり,95年《今源氏六十帖》で猫となって蝶と狂う所作が好評で,若女方上上吉の位を占める。同年《四季御所桜》での槍踊は,宝井其角によって〈煤掃や諸人がまねる槍踊〉と詠み残される。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

水木辰之助
みずきたつのすけ

歌舞伎(かぶき)俳優。初世(1673―1745)が著名。大坂生まれで、歌舞伎の半道方斉藤新八の子。名優大和(やまと)屋甚兵衛の甥(おい)で、のち女婿(じょせい)となった。大和屋牛松、鶴川(つるかわ)辰之助の名を経て水木と改名。若衆方から若女方となる。『娘親の敵討』(1691)、『水木辰之助餞振舞(たちふるまい)』(1695)の湯女(ゆな)有馬のお藤で評判をとり、女方四天王の一人となる。槍踊(やりおどり)、猫の所作や、変化(へんげ)舞踊の初めともいえる『七化(ななばけ)』を上演するなど、とくに舞踊で三都に名声を得た。しかし31歳で引退した。水木帽子は彼が始めたもの。[如月青子]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内の水木辰之助の言及

【日本舞踊】より

…そして女方の発生により舞踊の中心は女方に移って,元禄(1688‐1704)~享保(1716‐36)期に歌舞伎舞踊は第1次の完成をみた。この間に右近源左衛門の《海道下り(かいどうくだり)》,水木辰之助の〈槍踊(やりおどり)〉や《七化け(ななばけ)》などが生まれ,《七化け》は変化(へんげ)舞踊(変化物)の先駆をなした。 享保から宝暦(1751‐64)には,初世瀬川菊之丞と初世中村富十郎が《無間の鐘(むけんのかね)》《石橋(しやつきよう)》《娘道成寺》などの名作を生み,女方舞踊を完成させた。…

※「水木辰之助」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

水木辰之助の関連キーワードヴィルマンカロン道具屋節野呂松遣い延宝三藩の乱生白庵行風コメ生産枠の県間調整隠元埋木

今日のキーワード

エンゲルの法則

家計の総消費支出に占める飲食費の割合 (エンゲル係数 Engel coefficientと呼ぶ) は,所得水準が高く,したがって総消費支出が大きいほど低下するというもの。エンゲル係数は国民の消費生活面...

続きを読む

コトバンク for iPhone