西域(中央アジア)地方に産した名馬の一種。1日に千里を走り,疾駆すると血のような汗を流すので,この名がつけられたという。前漢の武帝のとき,張騫(ちようけん)の遠征によって西域に名馬のいることが中国に知られるようになった。中国では古来名馬を天馬と称しているが,《史記》の大宛列伝によると,〈はじめ烏孫の馬を天馬と名づけたが,大宛の汗血馬を得てみるといっそうたくましく,そこで大宛の馬を天馬と称し,烏孫の馬を西極(せいきよく)と改めた〉と記されている。前104年(太初1),武帝が李広利に弐師(じし)将軍を名のらせて大宛征伐を敢行したのは,汗血馬を獲得するためであった。李広利は2度目の遠征で良馬数十頭に中馬以下3000余頭を得て凱旋すると,武帝は〈西極天馬の歌〉をつくらせたといわれる。1969年に甘粛省武威県雷台の後漢墓から銅製の奔馬の像が発見された。首と尾を高くあげ,翼をひろげた飛燕を右後足でふまえ,3本の足を空中におどらせた躍動美あふれる姿は,さながら天馬を彷彿させるものがある。
執筆者:永田 英正
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