汗血馬(読み)カンケツバ(その他表記)Hàn xuè mǎ

精選版 日本国語大辞典 「汗血馬」の意味・読み・例文・類語

かんけつ‐ば【汗血馬】

  1. 〘 名詞 〙かんけつ(汗血)の馬(うま)
    1. [初出の実例]「宗子相は成ほど汗血馬なり。才にまかせて作れるゆへ、手本にはならず」(出典:随筆・文会雑記(1782)一)
    2. [その他の文献]〔漢書‐武帝紀〕

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改訂新版 世界大百科事典 「汗血馬」の意味・わかりやすい解説

汗血馬 (かんけつば)
Hàn xuè mǎ

西域(中央アジア)地方に産した名馬一種。1日に千里走り,疾駆すると血のような汗を流すので,この名がつけられたという。前漢の武帝のとき,張騫ちようけん)の遠征によって西域に名馬のいることが中国に知られるようになった。中国では古来名馬を天馬と称しているが,《史記》の大宛列伝によると,〈はじめ烏孫の馬を天馬と名づけたが,大宛の汗血馬を得てみるといっそうたくましく,そこで大宛の馬を天馬と称し,烏孫の馬を西極(せいきよく)と改めた〉と記されている。前104年(太初1),武帝が李広利に弐師(じし将軍を名のらせて大宛征伐を敢行したのは,汗血馬を獲得するためであった。李広利は2度目の遠征で良馬数十頭に中馬以下3000余頭を得て凱旋すると,武帝は〈西極天馬の歌〉をつくらせたといわれる。1969年に甘粛省武威県雷台の後漢墓から銅製の奔馬の像が発見された。首と尾を高くあげ,翼をひろげた飛燕を右後足でふまえ,3本の足を空中におどらせた躍動美あふれる姿は,さながら天馬を彷彿させるものがある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「汗血馬」の意味・わかりやすい解説

汗血馬
かんけつば

中国、前漢時代に輸入された大宛(だいえん)国(中央アジアのフェルガナ地方)産の駿馬(しゅんめ)の呼称。『漢書(かんじょ)』に「太初(たいしょ)四年(前101)春、弍師(じし)将軍李広利(りこうり)、大宛王の首を斬(き)り、汗血馬を獲(と)り来たる。西極(せいきょく)天馬の歌を作る」(武帝紀(ぶていき))とあり、その注に「大宛もと天馬種あり、石を踏みて血を汗(あせ)す。汗は前肩髆(ぜんけんはく)より出でて血のごとし、一日に千里と号す」とある。のち良馬の代名詞となり、杜甫(とほ)の詩「洗兵馬(せんへいば)」の一節にも「京師(けいし)みな騎す汗血馬」とみえる。

[尾形 勇]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「汗血馬」の意味・わかりやすい解説

汗血馬
かんけつば
han-xue-ma; han-hsüeh-ma

1日に 1000里を走り,血のような汗を出すといわれた中央アジアの名馬の意。中国,前漢の太初1 (前 104) 年,将軍李広利大宛 (フェルガナ地方) に遠征してもたらしたという。

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旺文社世界史事典 三訂版 「汗血馬」の解説

汗血馬
かんけつば

中央アジア産の,疾走力にすぐれるといわれた駿馬
前漢の時代に張騫によって駿馬の情報が得られ,武帝は大宛(フェルガナ)遠征によって汗血馬を獲得した。

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