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池田大作 いけだだいさく

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

池田大作
いけだだいさく

[生]1928.1.2. 東京
宗教家。 1948年に東洋商業学校を卒業して,大世学院 (現富士短期大学) 政経科に入学。 49年に中退したが,67年に卒業論文を提出して卒業。 47年8月に創価学会に入り,第2代会長戸田城聖師事。 49年1月,日本正学館に入社して少年雑誌『冒険少年』 (のちに『少年日本』と改題) の編集にあたる。 54年に聖教新聞社社友,同年4月に学会青年室長,58年6月に総務,59年理事。 60年には第3代会長に就任し,64年には日蓮正宗の法華講総講頭となった。 68年に創価学園を創立し,71年には創価大学を創立した。 79年会長を辞し,名誉会長となる。この頃から日蓮正宗との軌轢が表面化していたが,90年 11月に法華講総講頭の地位を解任。主著人間革命』。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

池田大作 いけだ-だいさく

1928- 昭和後期-平成時代の宗教家。
昭和3年1月2日生まれ。昭和22年創価学会にはいり戸田城聖に師事。戸田の学会長就任後男子部で活動,29年青年部参謀室長となり,学会の政治進出をすすめる。戸田の死後,総務をへて35年会長に就任,第三文明などの新理念をうちだす。布教活動で組織を拡大し,39年公明党を結成する。50年SGI会長,54年創価学会名誉会長。東京出身。富士短大卒。著作に「人間革命」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

池田大作
いけだだいさく
(1928― )

宗教家(仏教者)。創価学会名誉会長、創価学会インタナショナル(SGI)会長。1月2日、東京府荏原(えばら)郡大森町(現、東京都大田区大森)に、海苔(のり)製造業を営む池田子之吉の五男として生まれる。羽田(はねだ)第二尋常小学校、羽田高等小学校を経て、鉄工所に勤務。第二次世界大戦終戦後、働きながら旧制東洋工業学校、大世学院(後、東京富士大学、東京富士大学短期大学部)に学ぶ。1947年(昭和22)、戸田城聖(じょうせい)と出会い、創価学会に入会。1949年、戸田の経営する日本正学館に出版編集者として入社し、社業とともに創価学会の活動を開始する。1951年に戸田が創価学会第2代会長に就任するとともに、青年部で活発な活動をはじめ、1954年青年部参謀室長となり、創価学会の発展における中心的存在になっていく。
 戸田の死後、1960年(昭和35)に創価学会第3代会長に就任、現在の850万世帯を超える大教団に発展させた。就任直後から海外での布教に尽力し、1975年には創価学会インタナショナルを設立して会長に就任、同会の国際的発展の基盤を確立した。その間、第三文明論など仏教を根底にした文明論、学問論、政治論を展開して、政界進出をはじめ文化・教育・平和の諸活動を推進する。1964年には政党、公明党を結成して衆議院に進出させた。1970年、同党は「国民政党」として宗教色を廃し、衆議院で最大51議席を占めるまでに発展し、1993年(平成5)以降は連立政権の一翼を担っている。また創価学園、創価大学、アメリカ創価大学などの教育機関、東洋哲学研究所、ボストン21世紀センター、戸田記念国際平和研究所などの研究機関、東京富士美術館や民主音楽協会などの文化機関を設立した。
 他方、小説『人間革命』(全12巻)、『新・人間革命』(続刊中)を執筆して、創価学会の歴史や理念、将来構想を描くとともに、平和や環境、教育問題などに提言を行い、世界各国の文化人、学者、政治家らと対談を重ねている。対談集『21世紀への対話』(A・J・トインビー)、『闇(やみ)は暁を求めて』(ルネ・ユイグ)、『宗教と社会』(ブライアン・ウィルソン)、『21世紀精神の教訓』(M・ゴルバチョフ)など、多数が発刊されている。
 これらの文化学術交流によってモスクワ大学、グラスゴー大学、北京(ペキン)大学など、各国の大学・学術機関から140を超える名誉博士号、名誉教授号を受けている。また早くから国際連合の発展の重要性を主張し、1983年には国連平和賞を受賞した。[中野 毅]
『『人間革命』全12巻(1965~1993・聖教新聞社) ▽『新・人間革命』既刊11巻以下続刊(1998~ ・聖教新聞社)』

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世界大百科事典内の池田大作の言及

【公明党】より

…そして,55年にはじめて地方議会に議員を送り,翌56年には参議院に3名の議員を当選させた。この段階では,政権獲得の意図はないから衆議院には議員を送らないとくり返し言明していたが,60年に池田大作が同会第3代会長に就任するとともに,政治進出の方向はますますはっきりしたものとなり,翌61年に同会の各級議員を包含した組織として公明政治連盟が結成され,さらに64年衆議院へも進出するという含みのもとに,これを改組して公明党が結成された。この段階での公明党の基本的な政治路線は〈中道主義〉であり,中道左派的な性格が強かったが,組織としては創価学会との二重組織で,綱領にも〈王仏冥合の大理念〉といった教義上の用語が導入されているなど,同党は宗教色を色濃く残していた。…

【創価学会】より

…学会の戦闘的折伏は,組合員の信教の自由をめぐって労働組合と対立したのみならず,寺院墓地使用をめぐる紛争をはじめ,各地で波紋をおこした。60年池田大作(1928‐ )が第3代会長に就任,61年公明政治連盟を結成して政治進出を本格化した。64年には公明政治連盟を発展的に改組して公明党を結成,67年の総選挙で衆議院に進出した。…

※「池田大作」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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