日本大百科全書(ニッポニカ) 「沙門不敬王者論」の意味・わかりやすい解説
沙門不敬王者論
しゃもんふけいおうじゃろん
中国、東晋(とうしん)時代の沙門(出家者)慧遠(えおん)が404年(元興3)に書いた論文。時の権力者桓玄(かんげん)が仏教に反対して、沙門も王者に敬礼するよう要求したのに対して、廬山(ろざん)の慧遠が沙門の王者への敬礼は不要であることを論じたもの。全体は、第一「在家」、第二「出家」、第三「求宗不順化(ぐしゅうふじゅんか)」、第四「体極不兼応(たいきょくふけんおう)」、第五「形尽神不滅(けいじんしんふめつ)」の5篇(へん)からなっている。初めの「在家」篇と「出家」篇で在家者と出家者の違いを論じ、「求宗不順化」篇以下は、出家篇で述べる論旨を補強するために付加されたものである。慧遠の論旨は、「化」という観念を多義的に用いて展開されている。「化」を、一に万物の生成変化、二に輪廻転生(りんねてんしょう)、三に万物を生育させる天地と帝王の徳の働き、の意味に用い、輪廻転生(化)を離れて涅槃(ねはん)(宗)を求める沙門は、万物を生育(化)せしめる天地や帝王の徳の働き(化)を超えているので、王者に敬礼する必要はない、と説く。この論文は当時の仏教思想の内容を知るうえで重要である。とくに最後の「形尽神不滅」篇は仏教の輪廻転生説が中国人にどのように理解されていたのかを示すものとして興味深い。
[小林正美]
『木村英一編『慧遠研究 遺文篇・研究篇』(1960、62・創文社)』▽『小林正美『慧遠「沙門不敬王者論」の一考察』(東京大学東洋文化研究所編『東洋文化』第57号所収・1977・東京大学出版会)』